ジャングルジム
麻衣の入院している大学病院は少し小高い場所にあった。
泉は自転車をこいでいた。
「きっつ…」
息をきらして立ちこぎをする。
自転車がふらつく。
あれから一週間。
ただの検査入院とはいえ、やはり心配だ。
容赦なく陽射しが照り付ける。
首筋に汗が流れる。
髪はボサボサだ。
でも、そんなことはどうでもよかった。
早く麻衣の顔が見たい。
泉はペダルを思いっきり踏んだ。
長い坂を上りきったところでようやく大学病院が見えてきた。
「着いた…」
泉はペダルを止めて息を整えた。
ゆっくり駐輪場へ向かう。
何気なく病院の出入り口に目をやった。
誰かが出てきた。
「蒼井くん…?」
泉は自転車を降りて優太の方を見た。
優太は病院の外へ歩いて行った。
泉は方向転換をして、優太の歩いて行った方へ自転車を押した。
ちょっと、私何やってんだろう…
でも優太の様子が気になる。
何かあったのだろうか。
泉は優太を見失わないよう、一定の距離を保ったまま自転車を押し続けた。
優太は近くの小さな児童公園に入っていった。
泉も後に続く。
そこにはブランコとシーソー、それに小さなジャングルジムがあった。
優太はジャングルジムの一番上に座って、遠くを見つめていた。
ふいに優太が泉の方を見た。
「白川…?」
「あっ、あの、麻衣のお見舞いにきたら蒼井くんが歩いてるの見かけて…」
「で?つけてきたのか?」
「そうじゃなくて、あの、私もちょっとこっちに用があったから…」
泉はうろたえた。
嘘が下手すぎる。
「お前も来いよ。こっから見る景色、なかなかだぞ」
ドキッとした。
「早く来いよ」
「うん…」
泉は公園の隅に自転車を止めた。
スカートを気にしながら、ジャングルジムの上から三段目のあたりまで上る。
ドキドキする。
少し離れたところに窮屈に座る。
とても隣に座る勇気などない。
「な?きれいだろ?」
「うわぁ、ほんとだ」
そこには住み慣れた街並みが、まるでジオラマのように広がっていた。
「あのころ、お祖母ちゃんと毎日ここに来てたんだ」
「えっ?」
泉は優太の顔を見た。
優太は遠くを見つめながら続けた。
「フチ子が入院してたころ…」
心室中隔欠損症の麻衣は、五歳になるのを待って手術を受けた。
麻衣は手術を受ける一週間前から検査も兼ねて入院することになったのだが、母親も一緒に病院に寝泊まりしなければならず、家のことは母方の祖母が来てやってくれた。
麻衣の入院している病室は無菌室で、小学生未満の子どもは出入りができず、見舞いに来ても優太だけは麻衣に会うことはできなかった。
優太は幼稚園が終わると、祖母と病院に来て、ロビーで少しだけ母親に甘えた後はいつもこの公園で父親の迎えを待っていた。
手術の日、手術室に運ばれる麻衣を病院の廊下の端から見送った。
麻酔で意識もほとんどないであろう五歳の麻衣は、こっちに向かって必死に笑顔を作っているように見えた。
口元がわずかに動いた。
何と言ったのかはわからない。
麻衣は笑顔のまま静かに目を閉じた。
麻衣の目から一筋の涙が流れた。
母親は、その場に泣き崩れた。
「俺、あのときのこと、はっきり覚えてるんだ…」
泉は何も言えなかった。
優太の目に光るものが見えた。




