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KAISEの憂鬱―ICECREAM

即興小説トレーニングより転載(http://sokkyo-shosetsu.com/novel.php?id=206360) お題:限界を超えた王子 制限時間:15分

 これで何個目だろう。

 昭雄はぼんやりと手の中のアイスクリームを眺めた。

 全国にチェーン展開している、ちょっと毒々しい色をした可愛いアイスクリーム。このピンクからすると、カシス味か何かだろう。


「限定なんですよっ。一緒に食べましょう」

「お、おおう」


 笑うとえくぼが可愛い子だな。輝かんばかりの少女の笑顔を眺め、唸り声のような返事をし、昭雄は冷え切った腹を抑えながら、アイスクリームにスプーンを突き立てた。


 貝瀬昭雄(28)、職業:アイドルグループ「ROMANCE」のKAISE、独身。

 最近事務所の可愛い女子高校生と距離をとりながら、色々危険なところをスレスレで避けつつ、思いを寄せている青年である。


 事務所のある屋上は、夜風が吹いて涼しいというよりも肌寒かった。

 ビルに囲まれているので、空は狭いし、星も見えない。

 ロマンチックとは程遠いが、仕事の後に事務所でアルバイトをしている思い人、美幸と過ごせる時間は昭雄にとって憩いの時間だった。

 マスコミから守られる場所であり、美幸とすぐ会えるビルの屋上は、ベンチと植木が置いてあって、ちょっとした心地良いテラスだ。

 事務所の人たちに二人で会っているのが筒抜けなのだが。


 何はともあれ、アイスクリームについて、である。

 実は本日、ファンクラブイベントでファンの皆の前でライヴをやってきた。

 昭雄はナルシスティックな美貌と細やかな歌声で人気のメンバーである。ファンの前で完璧にKAISEを演じきった。

 そのベールが剥がれるのは終演後、楽屋にて。

 「早く事務所帰りたいな」とそわそわして、メイクを落とす。KAISEがガサツで格好つけしいの貝瀬昭雄に戻る瞬間。

 周りで打ち上げの話をしているのに美幸と会うことばかり考えていたのだが、マネージャー郡山の声が昭雄の思考を破った。


「なあ、なんかファンの子たちから差し入れって、これもらったんだけど」

「え?」


 見に行ったメンバー、KAZUSA、TAIKIが、その箱を見てぎょっとした。


「げっ、アイスクリームじゃん!箱でかっ、どれだけ入っているの?」

「あ、でもハロウィン限定じゃん、チョコレートのトッピングつきだって、可愛い」


 なんだなんだ、と昭雄も見に行く。

 箱を開けると、個別包装になった色とりどりのアイスクリームが敷き詰められていた。


「なんか、食べて下さいって言われたんだけど、ねぇ」

「すぐ溶けちゃうから大変じゃん」

「スタッフ呼んできてーみんなで分けて食べればいんじゃん?」


 TAIKIが号令をかけ、スタッフもろともにアイスがひとりひとり行き渡ったが、このアイスクリームのプレゼント、曲者だった。

 一段目がやっと配り終わったと思ったら、二段目がある。

 二段目も行き渡ったと思ったら、三段目もあった。

 忙しく働いているスタッフは合間合間に食べるしかなく、「メンバーさん食べて下さい!」と、主な食べる動員はメンバーばかりになってしまった。


「俺ら何もしないで食ってばっかりで申し訳ない・・・」

「てかどんだけアイス買ったんだこの差し入れ主!!」

「おい、郡山お前も食え!」

「ひい!分かりました!」


 KAZUSAにどやされてマネージャーもせっせと食べることになった。

 こうしてひたすら食べたが、寒いし、冷たいし、一人また一人とアイスにのされてダウンしていった。

 最初は頭脳派で小食のHARUKA。「ごめんもう無理」

 次はお調子者のMAIMUが「俺機材の片付け手伝いに行くわ!」と逃走。

 女形のKAZUSAは一生懸命食べていたが「女形が太るわけにいくかっ!!」と逆切れして食べるのを止めた。

 TAIKIも頑張っていたが、あと二つになったところで昭雄に微笑みかけた。


「ごめん、俺、腹下したくねんだわ」

「俺はいいのかよ!!!」


 最後に残ったのは、昭雄だったのである。

 もともと甘党、アイス大好きの昭雄は喜んで食べていたのだけれども、いささか量が多すぎた。


「頑張れ、カイセ。男前!」

「お、おれの分も任せた・・・」

「俺の分も生きてくれ」

「ちょっ、お前ら俺を殺す気か!!!」


 そう言いながら、頑張って、食べて、食べて。


 食べ物を残すのが嫌い、それからファンからもらったもの、という義憤に駆られて全部食べきったものの、昭雄は気持ち悪くなってしまった。



 して、打ち上げを打っちゃって行った、憩いのビルの屋上である。

 胃痛がしないでもない昭雄が美幸と待ち合わせて、ほんわかしたのは束の間。

 美幸が差し出したのは、アイスクリームだった。


「前に好きだって言ってたの、思い出して。今日ハロウィンだから!」


 今おそろしいことになってるんだが。


 しかし、美幸の笑顔を見たら、言えなかった。

 腹具合のことなんて。

 昭雄はアイスを食べた。

 そしてダウンした。


 後になってから美幸に怒られた。


「何で具合悪いのに、 言ってくれなかったの!!」


 トイレに籠ってしまい、次に出て来たときに、美幸は温かいお茶とホッカイロと整腸薬を用意して待っていて、昭雄は情けなさに死にたくなった。


「すまない、君が折角買ってきてくれたから言えなかったんだ・・・」

「関係ないですよ!無理しなくてもよかったのに」

「ファンの差し入れのアイスを無理に食べてね・・・」

「ああっ、息も絶え絶え!」


 事務所の長椅子に縮こまり、昭雄はせっせと世話を焼いてくれる美幸を眺めた。

 ふと気付いた。情けないけど、これ超おいしいシチュエーションじゃん。


 そう思ってしばらく喜んでいたけれど、またふと気付いた。

 今事務所、皆出払っていて二人きりじゃん。


 キ・ケ・ン


 赤信号が頭の中で灯った瞬間、また腹が痛くなってきた。


「うえ!」

「な、なんですか」

「トイレ!」


 見事に醜態をさらして昭雄はトイレに駆け込んだ。



 こんなんじゃ、俺、美幸ちゃんに軽蔑されるんじゃないか。


 情けなく、ぐずぐずとトイレで泣きそうになりながら、昭雄は思い悩む。

 アイドルとしてもアウトだし、格好良い男としてもアウトだし。


 ああ、いっそのこと、トイレに流されて下水に行きたい。

 ・・・それはやっぱ嫌だ。



 恥を忍んで出てくると、美幸はやっぱり、待っていた。

 心配顔で長椅子にそろそろと横になる昭雄に声をかけた。


「大丈夫ですか?」

「あ、ああ」

「・・・大変なんですね、アイドルって」

「まあ、あんなにアイス大量に持ってくる人、滅多にいないけどね」

「断れなかったんですか?」

「マネージャーが受け取って持ってきたんだ。スタッフもみんな食べたんだけど、まだ残ってて。アイスは溶けちゃうからなぁ」


 目をぱちくりとさせて聞いていた美幸は、ふんわり微笑んだ。


「なんだ、やっぱり昭雄さんて王子様ですね」

「は?」

「食べ物の正義の味方です。残さず食べて、格好良いです。お腹壊しちゃったのは、残念でしたけど」


 昭雄はぽかんとしたが、髪を掻き上げて、そうか、と思った。

 情けないけれど、美幸がそう思うなら、いいか。

 お茶とホッカイロでぽかぽかしているところだし、美幸もいるし。

 なんだかいい日だな。


「でも、無理しないで下さいね。辛いでしょ」

「ん、まあ俺はよかったけど」

「え?」

「美幸ちゃんに心配して貰えたもん」


 真っ赤になった美幸が「・・・お茶淹れてきます!!!」と大きな声で言って給湯室に向かう背中姿を、ある種の満足を抱きながら昭雄は眺めるのだった。

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