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KAISEの憂鬱

即興小説トレーニング 制限時間:1時間 お題:それいけ恋(http://sokkyo-shosetsu.com/novel.php?id=184560) を手直ししました。

 酔っ払ったときの自分が、とんでもないことをしでかす自覚は、ある。

 リビングでそれをまざまざと見せつけられた、いや自業自得だが、そんな今、俺は頭を抱えるしかない。


「どうしよう・・・」


 その言葉しか出てこない。

 『未成年誘拐』とか『淫行罪』の字が新聞の紙面に踊り、自分の顔がででーんと掲載された図で頭がいっぱいだ。


「とりあえず、落ち着け俺」


 重たい体を起こして、キッチンに向かい、冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出す。ペットボトルから直接口をつけて、ぐびぐびと飲んだ。

 ぷはー、と息をついて、頭の中が明瞭になった気がした。

 落ち着け、俺。と、もう一度、呼びかける。

 もしかしたら、リビングにいた女は、俺の酔いが見せた幻覚かもしれない。

 誰だって可愛い女の子の妄想はするじゃないか。そう、それは、アイドルだって、人気ロックバンドのボーカルだって、男性モデルだって、俳優だってきっと一緒だ。

 最近きっと、女の子を思う歌詞を書いていて、ひたすら華奢で可哀相な女の子を思い浮かべながら作ったから、幻覚を見るようになったんだ。

 職業病。そうそう、そんな感じ。


 そう自分に言い聞かせながら、ふぅーと息をついて、眉間をぐりぐりと回しながらリビングに戻る。

 駄目だ、俺は最近働き過ぎなんだ。来月からレコーディングだし、しっかり睡眠をとらなくては。


 しかし、ぱちりと目を開けると、リビングのフローリングの床にぺたりと座る、少女がいるのである。


「・・・・」

「・・・・」

「・・・あんた誰?」

「・・・かわさき、みゆき」


 頭痛がする。

 女の子はセミロングの真っ直ぐな髪に、秀でた額は白く、目はくりんとしていてキラキラしている。

 華奢で小柄な背格好の、色白の子だった。なかなか可愛い。

 だが、状況が飲みこめていないのは同じらしく、困惑した表情をしていた。


「・・・かいせ?」

「お、おう」


 知っているのか。

 彼女の一言は重要な意味を持っている。

 ―かいせ―・・・は、アイドルグループ「ROMANCE」に所属するメンバーの「KAISE」を指している。

 この部屋の主である、貝瀬昭雄の職業だ。

 アイドルグループ「ROMANCE」は大事務所に所属する、物語を重視する歌詞と壮麗なロックテイストの楽曲を売りにしているトップアイドルである。テレビの歌番組やバラエティ番組、CMなどにも出演する有名グループだ。

 KAISEもそのナルシスティックがかった美麗な容姿と甘い歌声で多くのファンを有する。

 見た目はそうだしキャラクターは作っているからKAISEはそんな人気を持つが、その実、酒飲みでざっくばらんな28歳独身である。

 パニックになっていたKAISEこと貝瀬昭雄は、ようやく合点がいった。


 なんだ、ファンの子が俺が酔っ払っている間に、家に上がり込んだのか。


 別のメンバーにそういう経験のあるやつがいたので、昭雄はそう思って落ち着いたが、それにしては「かわさき、みゆき」が挙動不審だと思った。

 いや、もし家に上がり込んでいるファンなのならば挙動不審なのに決まっているけれど、「かわさき、みゆき」の様子は、完全に事情を知らない人間のそれなのだ。

 顔を青くして、固まっている姿は、はたから見て可哀そうにも思える。


「あの、どうして」

「ん?」

「どうして私はここにいるのでしょう」

「知らない。素直に、知らない」



 ようやくみゆきが口にした、か細い声での疑問に、昭雄は自分の意識をモヤモヤと戦いつつ、記憶を辿った。


 昨日の夜は打ち上げがあった。昭雄が出演したドラマが完成したのである。

 居酒屋でベロベロに酔っ払ったことは覚えている。

 それから梯子して、仲の良い俳優の飯倉幸喜と飲み直した。

 ナルシスティック美麗・KAISEこと貝瀬昭雄は、庶民派の居酒屋が大好きで、狭いカウンターの簡単なつまみを出してくれる行きつけのお店がある。

 昭雄はそこに幸喜を引っ張って行ったのだ。

 昭雄はそこではっとした。

 カウンター席の隣で泣いていた女の子に絡んだことを思い出したのである。



「なんだどうした、悲しいことでもあったの?おにーさんに言ってごらん」

「おいカイちゃんやめろ、こんなところで絡むなって。ごめんねー、怖いお兄さんで」


 俺の隣で女の子が泣いているなら笑顔にするのが俺の正義だ!

 と、妙な義憤に駆られて、幸喜に止められると尚更その正義を果たさなければならない気がした。

 カウンターの中で食事を作っているおっちゃんが、苦笑して昭雄に声をかけた。


「その子、店の前でしゃがんでたんだよ。追っ払うのも忍びねぇから、店の中に入れてやったんだ」

「おっちゃん、かっけー!」

「男だ!それでこそ男だ!」


 酔っぱらいの声がかかる。皆、出来上がってめいめいに喋っていたが、にわかにカウンターの隅で泣いている女の子を注目し始めた。

 昭雄も酩酊中であったので、ぼんやりと膜の中にいるような感覚しかない。

 だけど、女の子のセミロングの髪がするんと艶々しているのに、釘付けになった覚えははっきりしている。


 店が開店する前から座って泣いていた。

 今も泣いている。

 どうしたのだろう。

 ずっと泣くほど、何があったの。

 教えて欲しい。



 君が涙に暮れたら

 すぐそばに この声を

 届くように 歌うよ

 風に乗って ふわり ふわり

 頬に流れる涙 ぬぐいたい




 最近、作ったばかりの、歌詞。

 初めて任された、「ROMANCE」の楽曲となる歌の歌詞だ。

 いつの間にか居酒屋は静まり返り、昭雄の深い声が優しく広がった。

 泣いていた女の子が、こちらを向いていた。

 涙で潤んだ瞳は、キラキラとしていた。


「君は笑った方が、きれいなんだろうと思うよ」


 昭雄は言った。




 酔ってた。

 明らかに酔ってた!!!


 思い出した昭雄は思い出して猛烈に悶絶した。

 急に頭を抱えて座り込んだ昭雄を見て、みゆきはおろおろした。


「いやね、昨夜は俺、酔っ払ってたんだ」

「はぁ、そのようですね」

「だからあんなことを・・・」


 言ったんだ。帰ってくれないか。


 と言いかけて、昭雄はもう一つ思い出した。

 その後、みゆきは身の上話をしたのである。

 どこに行けばいいのか分からなくなったと言っていた。

 家に帰れば、親の無関心が待っている。

 学校に行けば、いじめが待っている。


 学校でうまくやれないような子は、うちにはいらないのよ。


 そう言われて、家を出て来た、と言った。

 ダブル不倫をしている両親は、どちらもみゆきに関心がないのだ。



 その身の上話の、真偽のほどは分からない。

 しかし、彼女が絶望しているのは確かだと思った。


 昭雄の頭の中に、『未成年誘拐』『ROMANCEのメンバーKAISE逮捕』の字が躍る。



「ええと、私、お話聞いてもらってからお酒を飲んじゃって」


 みゆきが思い出したように、はっとした表情でわたわたと説明した。

 昭雄の頭の中に、『未成年に飲酒』という文字も踊った。


「それで多分、よく分からないからカイセさんが介抱してくれたんだと。起きたらカイセさんがいて、さっきカイセさんが起きて・・・」


 しょぼん、となって、みゆきは下を向いた。


「すいません、出て行きます」



 そろそろと立ち上がった、みゆきの半ズボンから伸びた白い足に、青痣が広がっていた。



「待ちなさい」


 え、と立ち止まって振り向くみゆきに、昭雄は言った。


「君、行くところあるの?」

「・・・ないです・・・」

「あるよ」


 ぽかんとしたみゆきに、昭雄は微笑みかけた。


「うちの事務所のアルバイトを紹介してあげるから、ひとまず家から荷物を持って、戻っておいで」





 ―――そして、貝瀬昭雄はみゆきを社長に紹介することになった。


「まぁ、いろいろ仕事はあるけどね。ROMANCEのファンクラブ運営に人手が欲しいってことだったから、丁度よかった」

「ありがとうございます!」


 初めて明るい声を出したな、とみゆきの側に控えながら、昭雄は社長と向き合った。


「すいません、突然なのに、ありがとうございます」

「事情が事情のようだしね」


 社長が昭雄の耳に寄せる。


「あんたの醜態を知ってしまったこともあるしね。こちらがわに付けておけば、大丈夫だろ。まったく、いいかげん酔っ払ったらいろんなものを持ち帰る癖を直してほしいね」

「すみません」


 昭雄は顔を引きつらせた。

 確かに、酔っ払った上での醜態を知られてしまった。KAISEのキャラクターをぶち壊しかねない。



 高校は辞めて、別の学校に入り直すなど、身の処置を話し合った後、みゆきと昭雄は社長室を出た。

 みゆきは興奮した声で言った。


「まさかこんなことになるなんて思いませんでした」

「俺もこんなことになるとは思わなかった」

「KAISEさんありがとうございます」


 そう言ったみゆきが可愛かった。


「世界は広いぞ」


 昭雄は両腕を広げてみせた。

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