5.仕事を終えた後の宿
薬草の群生地をこれでもかと荒らしてしまった俺はそれ以外の場所の群生地をアイリさんに教えてもらいなんとか依頼をこなすことができた。
薬草を摘めるだけ摘んで町に帰ると、ギルドマスターの爺さんに群生地を荒らしまくったことがバレていてかなり怒られてしまった。
初回ということもあり、厳重注意だけで済んだが、もう無闇矢鱈に上位魔法は使わないことを心に誓った。
「やっぱりあの人私は嫌いです。何もあんなに主を怒らなくても良いじゃないですか」
などとアイリさんはぼやいていたがあれは怒られるべき場面だろう。あの人は全然悪くない。むしろ俺が悪い。
厳重注意を受けた俺達ではあったが、依頼はちゃんとこなしていたため、何とか報酬を貰うことができた。
そして明日の分の宿代だけでもなんとか用意できた俺達は宿に帰ることにした。
「俺抜きでアイリさんが依頼をこなしたほうが良い気がしてきたんだが。あんな依頼でも俺はかなり足手まといだったし」
「そんなことはないです! 魔物が出る不測の事態にもちゃんと対応していたじゃないですか!」
何だがアイリさんの慰めが必死すぎて俺がすごい惨めになってくるので本当にこのフォローは簡便してほしい。とどめ刺しにきてるんじゃないかこの人。
「それにもし万が一主が危険な目にあったらいけませんし離れることなんてできませんよ。私は従者ですし」
「いや、しかしだな……」
「お傍に居させてくれませんか……? もう置いていかれるのは嫌なんです」
そんなこと言われると言い返せなくなるじゃないか。狙ってやってるとしたらかなり腹黒い気がするぞ。でも何だかアイリさんのこの言葉に嘘はない様な気がした。俺に人を見る目があるのかどうかは知らないがこの人は無意味な嘘を俺に付くような人ではないという信頼を持ってしまっているようだ。
「なら、これからも一緒に依頼を受けてくれるか?アイリさん」
「勿論です! 精一杯お助けさせてもらいますね!」
全身鎧ってのを偶に忘れるくらいこの人面白いな。
宿に戻ってくると、宿の主人に挨拶された。今朝は碌に挨拶もせずに出て行ったのだがちゃんと対応してくれるあたりとても気の良い人なんだろうな。
「アイリーンさんはお得意様ですから」
「この町に滞在する時は毎回ここを利用しているので」
「いつもすごく急いでいる方なので挨拶がなかった程度で機嫌を損ねることなんてありませんよ」
「そうなんですか……」
この人の性格がすごい分かってきたきがするな。
「ところでもうお食事にしますか?」
「いつもどおりでお願いします。私たちは部屋に荷物を置いてきますので」
「食堂に来る頃には食事を始められるように準備しておきますよ」
まだ俺はこの世界に来てスープしか飲んでいないのだが、異世界料理ということで結構期待していたりする。ゲームの時は魔物の肉を調理したものだったり薬草みたいなこの世界独特な食材を使った料理があることを俺は知っているのだ。まぁスキルにも料理があるくらいだし当然といえば当然なのだが。
「薬草と野菜のサラダをお持ちしましたー」
「薬草と野菜のスープをお持ちしましたー」
「薬草と野菜の炒め物です。注文のお品は以上でよろしいでしょうか?」
「何で薬草と野菜ばっかり……」
「薬草と野菜って美味しいじゃないですか」
「そうかもしれんがこれだけ同じ食材だと飽きないか?」
そんなことないですよーと言いながらアイリさんはパクパクと料理を口に運んでいく。ちなみに兜は口の部分だけ開くことができるみたいです。
確かに薬草の独特な苦味や見たことのない形の野菜が入っているので問題なく食べられるのだが、異世界料理を期待していた俺としてはこれだけっていうのは。
「それに多分主は今お肉食べられないと思いますよ?」
「……? どういうことだ」
「言わなきゃいけないですか? 思い出さないほうが良いと思うんですが」
何か肉が食えなくなるような事態があっただろうか。そう重い、他の席に運ばれていく肉料理に目を向けてみると、途端に吐き気を催してしまった。
「……やっぱりまだ無理みたいですね。あの時のことトラウマになっているみたいです」
顔を青くしている俺に水の入ったコップを渡してくれるアイリさん。動物の死体を見ると肉が食えなくなるなんて話は聞いたことあるがこんなに酷いなんて思いもしなかった。確かにこれじゃ肉は食えないな。
「もう食事は終わりにしますか?」
「そうするよ」
かなり心配してくれているアイリさんに感謝しながら食事を終えることにした。
(お金がないから肉料理が頼めなかったことは黙っておいたほうが良さそうですね)
「何か言ったか?」
「いえ、なんでも」
部屋の中で休憩していた俺は大分調子を取り戻したのでアイリさんの部屋に行くことにした。アイリさんは二人部屋でも良いと言っていたのだが、さすがに男女で二人部屋というのはいかんだろ、ということで少ないお金を使って一部屋ずつ借りたのだ。
気絶していた昨日はともかく、これだけ外で動き回ったので汗をかなりかいたはずなので風呂にでも入りたいなと思いアイリさんに尋ねることにしたのだ。
「アイリさん、ちょっと聞きたい事が……」
部屋の扉を開けると呆然としてしまった。そこには動きやすそうな胴着を身に着けた女性がいた。
きめの細かい白色の肌に燃えるような長い艶やかな赤髪。強い意志を感じさせる鋭い瞳は宝石のように真っ赤に輝いている。何より特徴的なのは人との違いを感じさせる長い耳で、その女性を一つの芸術品に見せるかのような美しさを感じさせた。
「どうかしましたか?」
鎧を磨いているその姿も何故かとても絵になるこの人は誰だろうか?
聞き覚えのある声をしている気はするが……。
「何かあったんですか? 調子でも悪くなりましたか? それならお薬を貰ってきますので」
ちょっとワタワタしだしたこの人は、
「もしかして、アイリさん?」
「私はアイリーンですけど何か御用でしょうか?」
もう鎧イコールアイリさんみたいなイメージがついていたので全くアイリさんの容姿を想像していなかった俺にはこのすごい美人さんを見ても全然アイリさんに結びつかなかったが、コミカルな動きをしながら俺を心配してくれる人なんてこの人しか居なかったな、そういえば。
「アイリさんがこんなに美人だとは思わなかったから少し見とれてた」
「何だが失礼な言い方ですね。でも美人って言ってくれたので許してあげます」
少し顔を赤く染めながらも膨れたように話す姿はとてもかわいらしく、先ほどの印象をガラッと変えてしまう。
「そういえば何でいつも鎧着てたんだ? 兜してると顔なんて全然見えないし」
「しっかりと従者をするために決まってるじゃないですか。安全じゃない場所で装備を外すなんてもってのほかです。ありえませんよ」
「そうなのか……」
とてももったいない気もするが、そこまで言うのなら仕方のないことなのだろう。本当にもったいないが。
「ところでそれが用だったんですか?」
「あ、いや、風呂とかは無いのかなと思ってな」
アイリさんの容姿に気を取られてすっかり用事を忘れていたが、アイリさんのその言葉で思い出した。
「お風呂ですか? そんなお金もうありませんよ……。体を拭くくらいなら足りますけど」
「え、マジか」
風呂なしで体を拭くだけとかしたことないんだが。
「もう少ししたらこの鎧の調整も終わるので待って居てくれませんか? 頼みに行ってきますので」
「それなら頼む」
これからは風呂なしで体を拭く練習とかもしたほうが良いんだろうか……。