2.魔物と遭遇
慣れない魔法を使いすぎたことで魔力切れになり目に見えてぐったりとした俺を考慮してかその日はそこで移動をやめることにした。
魔法が使えることが楽しすぎて気が付かなかったが、いつの間にか荒野を抜けて森に入っていたようだ。
アイリさんは手早く魔法を使い侵入不可の陣を敷き、野営の準備を始めた。
「少し待っていてください、食べ物などをとって来るので」
あまり町から遠くない場所にあの神殿はあるそうなので荷物は召還に必要な道具以外はほとんど持ってきていなかったとかで急遽野営に必要なものを取りに行くらしい。
全身鎧でそんなことできるのか、と思ったがその格好に見合わない素早い動作で駆けていった。
手持ち無沙汰になったので、魔法について分かったことをまとめてみることにした。
魔法には無色と色魔法があって魔力によって物理的に再現可能な現象を起こす魔法が無色魔法。周囲の物質を集めて発現する魔法でもあって火を起こしたり水を集めたり大地を隆起させたり突風を吹かせたり雷鳴を轟かせたりなんかがこれに属する。基本的にしっかりとしたイメージと魔法陣と十分な魔力があれば誰でも使える。まだ試した事無いからわからないが性質上魔法の威力や魔力の消費量は周囲の環境に大きく左右されるらしい。
それで色魔法は赤青黄の三色あって魔力光が属するそれぞれの色でしか使えない。普通の人は二色が混ざった色で純色は珍しいとか。まぁこの辺はゲームのときに純色にしたほうが色魔法の威力が上がることと特殊な要素もあったからアイリさんや俺は純色にしていたんだが……。
そうこうしているうちにアイリさんが戻ってきたようだ。茂みがガサガサと揺れる音でそちらを向くと
「グアアァァァァ!」
「ひっ」
涎を垂らしてこちらに向かって吼えてくる大柄な獣が居た。
あまりにも恐ろしい光景に俺は悲鳴を漏らし、ガタガタと体を震わせながら、その獣を見ているしかなかった。
震えて何もできずにいると、獣は勢い良く駆け出すとそのまま飛び掛ってきた。しかし赤く輝く魔法陣がその行く手を阻み、獣は弾き飛ばされてしまった。獣はそれに全くめげた様子もなく狂気すら感じさせるように何度も何度も突進を繰り返したそれは俺の恐怖心を煽るのに十分だった。
息をすることも忘れ、休んで回復した魔力で魔法を使うこともできず恐慌に陥っていると、ザシュッという音と共に一瞬の内にその獣の首が飛んだ。
「何だか森の魔物の様子が変ですね。随分と好戦的ですし。いつもなら陣にも近寄らないはずなのに」
今度は本当にアイリさんが戻ってきたようで襲ってきていた魔物を簡単に倒してしまった。しかし、その獣の首は此方に飛んできて目の前に落ちた。
濁った目をしている生首が此方を見据える光景は今までの日常からしたらとてもおそろしい異常な光景で俺の許容量を簡単に上回ってしまった。
明るい月だけが道を照らす森の中をアイリーンは走っていた。全身鎧を着込んだその格好からは想像も付かない俊敏な動きで木々を避ける様はまるで風のようだ。
腕の中には全身鎧でも痛くないように抱かれた匠が居た。
そんな彼女は今焦燥していた。
一人なら走って一日とかからない距離の神殿からの帰りに念願叶って再会できた主が突然気絶してしまったからだ。
この世界の常識では、魔物は襲ってくるもの、という先入観がある。それがあるから、この世界の住人であれば魔物に襲われれば恐怖はするが、守護陣の中に居れば大抵の魔物は防げるため安心できるので気絶するようなことは普通ない。
しかし、今までに経験したことのない本気の野生、狩られる者となった匠は始めて原始的な本能を感じて日常生活では味わうことのなかったこの恐怖に耐え切れなかったのだ。
(どうして私は主を一人にしたんだ! いくら守護陣があるとはいってもそれで主を完全に守りきれる保障なんて何処にも無かったはずなのに!)
大切な主が自分の居ない間に害されるという失踪時と同じような状況も相まって大いに焦っていた。
少なからず主との再会で魔法に出会った匠ほどではないが気分が高揚していたため油断してしまったようだ。
兎に角まずは大切な主をちゃんと休める場所に連れて行くことが先決だと思い至った彼女は、街に向けて主に与えられる衝撃をほとんど出さないギリギリの速度で駆けていた。
(見えた!)
町を囲う魔物対策の石でできた巨大な壁と門は死んだ貝のように閉じられていた。しかし、門と一体化している詰め所のような場所からは明かりが漏れており、人が活動している気配が感じられる。
アイリーンの超人的な走力によって一瞬で門まで駆けつけると地面に小さなクレーターができるほど思い切り地面を蹴り上げ飛び上がった。飛び上がった勢いのまま壁を蹴り門を駆け上がっていく。高さ数メートルもある門を飛び越え、門の奥に着地するとそのまま町の中を疾走していった。
大きな音に気が付いた門番は慌てて詰め所の外に出たが、そこで見たのはものすごい速さで遠ざかる全身鎧と恐ろしい力がかかってひび割れたであろう地面。それに門の壁に残されたいくつかの足跡だった。
門番にできたことは駆けていく鎧を呆然と見送ることだけだった。
完全に見えない壁を境に巨大な猛獣が吠えながら何度も突進をしてきたら気絶くらいするかもしれませんね。
この世界の住人は結構図太いみたいです。