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「紅茶が好きだとは知らなかった」
「まぁね。…あまり言えないだろ?男が紅茶にこだわってるなんてさ」
…俺に知られるのは構わないのか。
チラリと横目に見たところで、七堀の思考回路が読めるわけでもなく…。
まぁいいか…と手元のメニューを見ようとしたその時。店員が奥のキッチンスペースに向かって声を掛けた。
「相羽君。仕込みが終わったらこっちを手伝ってもらえるかな」
「わかりましたー」
奥にもう一人店員がいるらしい。
返ってきたその声も男声だった。
「成瀬、決めた?」
「あー…、わからないから七堀のおススメを頼んでくれていいよ」
「はいはーい、了解しましたっ。…すいません、俺がウバで、こっちにダージリンをお願いします」
「かしこまりました」
さすが紅茶好き。ダージリンという名は知っているけど、ウバなんて初めて聞く。
七堀の注文を受けた店員は、沸騰した湯をカップとポットに注ぎだした。
ポットにはまだ葉も入れてないのに、湯だけを注ぐその行為が妙におかしなものに映る。
「裏、終わりましたよ」
興味深く店員の動きを眺めているところに、裏からもう一人の店員が姿を現した。
何気なくその人物を見た瞬間、……脳内が一気に凍りつく感覚を味わう事に…。
「あ、ちょうど良かった。相羽君は、そっちからウバを出してくれる?あと、ミルクも頼むよ」
「はい。…って…あれ…?」
後から来た相羽と呼ばれた店員が、俺に気づいて動きを止める。
その時もうすでに、俺の方は凍りついて固まっていた。
…なんで、ここにいるんだよ…。
どこにいても目立つオレンジ頭は、何故かここではそんなに違和感がなく、逆にしっくりとハマっているのが不思議だ。
無表情で固まっている俺と、驚きながらもニヤニヤとした笑みを浮かべるオレンジ頭との見つめ合いに、さすがの七堀も気がついたらしい。
「あれ?成瀬、知り合いなの?」
「…あー…、いや、違…、」
「知り合いどころか、とっても深い仲です」
「…深い…仲…?」
俺の言葉を遮ってまで言ったオレンジ頭の言葉に、今度は七堀が固まっている。
「ふ…ざけるなお前は。勝手な事言ってんなよ。…七堀、コイツの言うことを間に受けるな。本当に違うから」
「…う…ん…」
完全否定する俺の言葉に七堀は戸惑ったように頷いたけれど、その表情はとても納得したものではなかった。
あたりまえか。俺でも疑う。
カウンタ-越しに恨みがましい視線が突き刺さるのを感じるけれど、それに構ってやるほど俺は優しくない。
店内の空気が微妙に気まずくなり、誰も口を開こうとしなくなった、その時。
フワッと心を和ます優しい香りが辺りに広がった。
布の袋のような物を被せられた小型のポットとカップが、カチャンと陶磁器の小さな音を立てて目の前に置かれる。
「お待たせしました、ダージリンです。こちらは紅茶のシャンパンと言われているんですよ」
視線を向けると、穏やかな雰囲気の青年に柔らかな笑みを向けられた。
それと同時に、店内の空気から張り詰めたものがなくなる。
続いて間を置かずに、七堀の前にも俺と同じようにカップとポットが静かに置かれた。
「ごゆっくりどうぞ」
その言葉に軽く頭を下げると、青年は微笑みながらさり気ない仕草でオレンジ頭を裏に連れて行ってしまった。
カウンター内から去る時、何か言いたげにオレンジ頭が視線を寄越したけれど、それには気づかない振りをして目の前に置かれた紅茶へ意識をうつした。