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「成瀬~、お客様のご来店~!」


朝。教室のドア側一番前の席に座っている鈴木が、取次ぎ番さながらに声を張り上げた。

まるでデジャヴのような先日と同じ鈴木のセリフに、一瞬クラッと眩暈がする。


…まさかアイツじゃないだろうな…。


引き攣りそうになる口元をこらえながら前方のドア近くまで行き、警戒と共に廊下へ視線を向けた。…が、やはり教室内からでは姿が見えない。

ますます嫌な予感がする。


「…鈴木…、俺に客って誰?」

「ん~?そこにいるだろー、壁際に立ってる奴」


あ~…と低く唸り声を上げ、不機嫌に細まる目元を自覚したまま廊下へと顔を出した。


「お前いい加減にしろよ」

「…え…、あ…、はい。ごめん…なさい?」

「…あ…」


絶対にオレンジ頭だと思い込んで文句を言った矢先、壁際にたたずんでいたのが、1組のクラス委員長である七堀和明ななほり かずあきだとわかって固まった。

ちなみに、入学式の受付がイヤで逃げた3人のうちの1人が七堀だ。

俺に怒られるまま反射的に謝った本人も何かがおかしいと思ったらしく、その語尾が疑問系になっている。

(おのの)き気味の七堀を見て、額にタラリと冷や汗が流れた。


「悪い!間違えた。他の奴だと思い込んでた」

「い…いやいや、大丈夫だけど。……あ~、ビックリした。オレ何か成瀬に嫌われるような事しでかしたのかと思ったよ」

「それはない」


笑って誤魔化したものの、…絶対アイツのせいだ…、あのオレンジ頭に俺の頭が毒されてる。

脳裏に浮かぶ派手な頭の下級生に湧き起こる殺意を押し殺しながら、なんとか気を取り直して七堀に向き直った。


「…それで、俺に用って?」


何事もなかったように問い掛けると、七堀もホッとしたように表情を緩ませた。


「あぁ、うん、そうだった。…成瀬は今日の放課後あいてる?」

「放課後?…あぁ、あいてるけど…、なに?」

「ちょっと付き合ってほしい所があるんだけど、一緒に行ってくれない?」

「付き合ってほしい所って、買い物か何か?…別にいいけど」

「やった、俺一人じゃちょっと入りづらかったんだよね~。って事で、授業終わったらすぐ迎えに行くから宜しくな」

「了解」


なんとも嬉しそうに満面の笑みを浮かべた七堀は、片手を上げてから隣の教室へ戻っていった。

それにしても、


…一人じゃ入りづらいってどんな所だよ…。


今更ながらに疑問が湧いてきた。


「成瀬、早く教室に入れ。ホームルーム始めるぞ」


いつの間にか真横に来ていた担任に急かされてしまい、疑問はそこで中途半端に宙に浮いた状態で終了してしまった。







そして放課後。


「成瀬、迎えに来たよー」


帰り支度をしていると、ちょうど良いタイミングで七堀が顔を覗かせた。

この様子では、担任が教室を出た瞬間に自分も教室を飛び出したんだろう。


「今行く」


通学用のスポーツバッグを肩に掛け、携帯をポケットに入れて扉へ向かうと、どことなく浮かれた様子の七堀と並んで歩き出した。




学校を出て数分。

今まで通った事のない裏路地に足を踏み入れてすぐの場所に、その店はあった。

≪トラディショナル≫

扉横に置かれたイーゼルに立てかけてある木の看板に、英語でそう書いてある。


横に立つ七堀の顔は喜びに輝いていた。それはもうキラキラと。

言葉にしなくても、七堀のテンションが限界まで上がっているのがわかる。

自分とは真逆とも言えそうな七堀のこんなところが、嫌いではない。というより、少しだけ癒されると言ってもいい。


「ここって、カフェ?」

「紅茶の専門店」

「……え……?」


予想外の言葉に驚いて、七堀の顔を思いっきり凝視してしまった。

でも本人は喜びの境地に達しているらしく、俺の視線には露程も気づかない。


…紅茶専門店に男二人って…。どう考えても似合わないというか、浮くというか…。


七堀が入りづらいと言った気持ちが、少しわかった気がする。

俺達より上の年代だったら男でも違和感は無さそうだけれど、男子校生では違和感がありすぎる。

どうしてもここに来たかったのなら、俺じゃなくて女友達を誘えば良かったものを…。

という言葉が喉元まで込み上げてきたけれど、あまりに嬉しそうな七堀の様子に(まぁいいか)という気持ちがわきおこる。

それに、紅茶自体は好きだから問題はない。


「行くよ、成瀬」

「…あ…、あぁ…」


まるで決戦に臨むかのような七堀に圧されて頷き、その手に押し開かれた扉へ向けて足を進めた。


「いらっしゃいませ」


店内に入った瞬間、カウンターの中にいる優しそうな店員が、控えめな微笑と共に出迎えてくれた。

紅茶専門店だというから、勝手なイメージで店員は女の人だと思い込んでいただけに、その青年の姿には多少なりとも驚きを隠せない。


「お好きな席にどうぞ」


16時半という中途半端な時間のせいか、店内に他の客は見当たらなかった。

どこに座るつもりかと七堀を見ると、迷う素振りも見せず木目調のカウンターへ向かう姿があった。








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