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「…本当になんなんだお前は。俺にどうしてほしいんだよ」
深い溜息と共に言葉を吐きだした。
コイツの望む何かを叶えてやればこの訳のわからない状態から解放されるのであれば、喜んで叶えてやる。
そう思った俺は、なんて馬鹿だったんだろう。
「ひとつ。俺以外の人間を見るな」
「…は?…意味わかんねぇ。無理」
想像以上の意味不明な言葉に、即座に却下をくらわす。
これは聞いた俺が間違いだったかもしれない。
ほんの少しだけ後悔がよぎった。
「ふたつめ。俺以外の人間と口をきくな」
「…どう考えたってそれも無理だろ…」
こいつ本当に頭が壊れてる。
なんでこんなのに関わってしまったんだろう。
後悔の念が徐々に大きくなる。額から冷や汗まで流れ出そうだ。
「みっつめ。俺以外の人間の事を頭に思い浮かべるな」
「もういい加減にしろ!」
これ以上聞いてたらこっちの頭までおかしくなる。
背後に向かって肘鉄を食らわせ、わずかに緩んだ力を感じ取った瞬間に、首に巻きついていた腕を無理やり振り払って後ろを振り向いた。
「俺の記憶が間違ってなければ、お前とはこの前ここで会ったのが初めてだよな?それなのに何訳のわからない事言ってんだよ。俺の事からかってんのか嫌がらせか。…どっちにしても放っておいてくれ」
苛立ちを言葉にして一気に言い放った。そして身構える。
これまでの経験上から、気に入らなければ手か足が出るだろう相手の行動を警戒してのことだったが、その危惧は思いっきり外れた。
意外な事に、オレンジ頭は全く動かなかった。
それどころか、唇をグッと噛みしめ、辛そうに眉を寄せて俯いている。
今までが今までだっただけに、これはこれでひじょうに気になる事態だ。
そして、屋上に静寂が訪れた。…と思った時、
「……った事…ある…」
「…は?」
突然、オレンジ頭がボソッと何事かを呟いた。
でも、あまりに低く小さい声だったせいでハッキリ聞き取れず、再度聞きなおすはめに。
それなのに、何故か逆ギレされた。
「は?じゃないよ。人の話はしっかり聞けって幼稚園で習いませんで、し、た、かー?」
「お…まえ…、そんなハッキリしない言い方でボソボソ言われたって聞き取れるわけないだろ!」
「アンタの耳は節穴か!」
「それを言うなら耳じゃなくて目だろ!」
「目だろうが耳だろうがどっちでもいいんだよ!」
「全っ然良くねぇ!」
そこまで一気に怒鳴りあい、息が切れた俺たちは一旦呼吸を落ち着けて言い合いを止めた、けれど…。
……くだらねぇ…。なんだ、この内容…。
そう思ったのは俺だけじゃなかったようで、視線を向けた先の相手も微妙な顔をしている。
「……、わかった、とりあえず、お互いに落ち着いて話そう」
このままじゃ何がなんだかわからない。
ただ単にからかわれているだけだと思っていたけど、どうやら何かがありそうだ。
俺の提案に、オレンジ頭も大人しくコクッと頷いた。
初めて意見が一致した事により、俺達は屋上のド真ん中から給水棟の日陰へと移動し、一人分の距離を開けて並んで腰を下ろした。
「…で?さっき、なんて言ったんだよ」
聞き取れなかった言葉を、もう一度、今度はしっかりと耳を傾けて問いかけると、オレンジ頭は少し沈黙した後、正面に見える空へ視線を向けたまま静かに口を開いた。
「…アンタの事、前から知ってたって言ったんだよ。……会った事がある…って…」
「え?…嘘だろ…、どこで」
思いもかけない言葉に横を振り向くと、また黙り込む相手。
このままじゃ埒があかない。
手を伸ばし、相手の二の腕にトンッと軽く拳を当てて先を促す。
オレンジ頭は、拳の当たった部分をチラリと見下ろした後、やっと俺の顔に視線を向けてきた。
「…アンタ、入学式の時に、遅刻して正門から入れなくなった奴をこっそり裏のフェンスから入れてやっただろ?」
「入学式?」
そう言われて、二ヶ月前の事を思い出す。