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…あれ…、いない?
昼休みの屋上。いつも俺より先に来ているオレンジ頭が、今日は視界に入ってこない。
この一ヶ月の間、俺が昼休みに屋上に来る事がわかっているらしいアイツは、待ち伏せするかの如く毎回姿を現していた。
でも、今日はその姿がない。なんとなく、気が抜けてしまった。
どことなく物足りなさを感じている自分がありえなくて、ハッと短く息を吐き出す事でそれを振り払った。
昼寝を邪魔する奴がいないんだから問題ないだろ。騒がしくなくて丁度いい。
一瞬でもつまらないと思ってしまった俺は、どうかしている。
「あー…眠ぃ…」
屋上の片隅に設置してあるベンチに横たわり、片膝を立てて白い雲の浮かぶ青い空を仰ぐ。
眩しいはずの太陽は、通り過ぎる白い雲に隠れて時折その強烈な光を和らげている。
絶好の昼寝日和。
最近は相羽のせいでとにかく騒がしい。
それに慣れつつある現状だったが、こうやって前のようにのんびりした時間を過ごすと、いかに相羽が煩いかがよくわかる。
いつの間にか、毎朝・毎昼・毎放課後、アイツの顔を見ることが日課となっている今日この頃。
最初のうちはその状況がたまらなくイヤだった。
それなのに最近は、アイツの姿が見えないと不思議に思ってしまう自分がいる。
…完璧に毒されたな。
内心でそう呟くも、以前ほどイヤだと思っていない事も自覚している。
あの姿が視界に入ると反射的に構えてしまうのは、今までの行動からくる脊髄反射のようなものだ。
厄介には厄介なのだが、嫌いかと問われたら、きっと俺は言葉につまるだろう。
存在が強烈過ぎて、それに慣れてしまった今となっては、いないと物足りないなんて感じてしまう。
そんな自分の気持ちを認めるのも癪だし、認めたくもない。
…なんなんだろうな…。
考えても答えの出ない問題に、フゥ…と溜息を零した、その時、不意に視界が陰った。
やっぱり来たか。
相羽だと確信して視線を頭上に上げると、そこにいたのは相羽ではなく…。
「お昼寝中?」
「…七堀」
1組のクラス委員長七堀だった。最近、よく俺の前に姿を現す。
背が高い割には、持っている雰囲気のせいで威圧感はなく、和み系。
体を起こすのも面倒くさくてそのままの姿勢で名前を呼ぶと、真上から覗き込んでくる顔がヘラリと緩んだ。
「成瀬って寝てる姿も格好良いよな」
「…は…?」
わけのわからない言葉に、一瞬だけ固まってしまった。
寝てる姿を褒められたのは初めてだ。
数度瞬きをして七堀を見ると、本人は何の疑問もないようで楽しそうにこっちを見ている。
…いいやもう…、好きにさせておこう。
相羽とは違う意味でよくわからない相手に、諦め半分で口を閉じた。
「そういえばさ~、前についてきてもらった紅茶専門店にオレンジ色の頭した奴がいただろ?成瀬と深い仲って言ってた奴」
「…ッ…ゴホッ…」
思わずむせた。
そこを強調しないでほしい。
そんな俺を不思議そうに見てきた七堀は、「大丈夫?」と気にしつつも続きを話し始める。
「あの子この学校の生徒なんだってね。昨日の帰りにあの店員さんと会って少し話してたら、そんな事言うから驚いたよ。成瀬は知って………、」
そこで突然言葉が途切れた。
なんだ?と思いながら七堀を見ると、その視線は校舎へと続く扉の方向を向いている。
つられるように視線を向けた先には…。
「……出たな、悪の手先」
扉から相羽が姿を現したところだった。
安堵とは違う、どこかホッとしたような、抜けていたピースが埋まったような変な感覚が、胸の片隅に湧き起こった。
居心地の悪い感覚に眉を顰めているうちに、こっちへ歩み寄ってくる相羽。
近づくにつれ、その顔が不機嫌に染まっている事に気がついた。あからさまに、面白くないと表情に出ている。
ムッとした視線の先にいるのは紛れもなく七堀だ。
この場に七堀がいる事が気に入らないらしい。
これだけ毎日顔を突き合わせていれば、これが相羽の独占欲からくる感情だとすぐにわかる。
短く溜息を吐いてベンチから体を起こすと、相羽から視線を外せなくなっている七堀の腹にトンっと軽く拳を入れて注意を引き戻した。
「…え?…なに?」
「気にするな。べつに七堀が悪いわけじゃない」
そう。いま俺が七堀と2人きりで屋上にいたのは、いつもいるはずの相羽がいなかったからだ。睨むなら自分を映した鏡を睨め。
…なんて思った自分に軽く自己嫌悪。
これではまるで、相羽が遅れてきた事を俺が怒っているみたいだ。