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「相羽…か…」


放課後。音楽室に向かいながら2日前の事を思い出す。


七堀に連れられて行った紅茶専門店で、偶然にも初めて知ったオレンジ頭の苗字に、「そうか…、あいつにも名前ってものがあるんだよな」なんて当たり前の事に気がついたのは、今日になってからだ。

ずっとオレンジ頭と呼んでいたせいで、それが名前のように感じていたけれど、…そんなわけはない。


「あー、面倒くさいな」


それにしても、これからしなければならない事を考えると頭が痛い。

帰ろうと思った矢先、昇降口へ向かう途中で音楽教師の本橋もとはしに会ってしまったのが運のつきだった。


『お、ちょうどいいところで会ったな、成瀬』

『さようなら』

『ちょ、さようならじゃないだろ、待て』

『…なんですか』

『お前…、正直な奴だな。そんな嫌そうな顔するなよ』


呆れたように言う本橋に、思わず苦笑いをこぼす。

誰かに言われたが、俺は普段あまり表情がないくせに、嫌だという時になるとそれだけは思いっきり表情に出るらしい。


『音楽準備室に楽譜を置いてある棚があるだろ?あの中からベートーヴェンだけ抜いて俺の机に持ってきて』

『そんなの自分で持っていけばいいじゃないですか』

『教頭から呼び出しかかっちゃったんだよ、あのハゲ、ホントにウルサイんだからもう…。って事で頼んだぞ!成瀬!』

『あ!ちょっと待…、って言い逃げだろそれ…』


こっちの拒否の言葉をまったく聞く気がないらしく、本橋は言うだけ言ってさっさと走り去ってしまった。

無視しても良かったけれど、時折昼寝場所として音楽室を利用させてもらっているだけに、今後の事を考えると無下には出来ず…。


「…ベートーヴェンの楽譜ってどれだよ」


目の前にある楽譜専用の棚を前にボソッと低く呟く。

クラシックにまったくもって興味を抱けない俺にとっては、置いてある楽譜が全部同じに見えてしまう。

昼寝場所提供へのお礼だと思いつつも、面倒くさいものは面倒くさい。

防音がきいている音楽室は、人気が無いと本当に静かで、棚から楽譜を抜き去る音までが鮮明に耳に入る。

一年の時に本橋と仲良くなって、俺の母親がピアノ講師だと言った時から、今回みたいな頼まれ事をされるようになってしまった。


「…しょうがねぇな…、っと、これがそうか」


ようやく見分けがついた数冊の楽譜を引き抜いて確認。手にしたそれらが正解だとわかれば、もうここに用はない。踵を返して歩き出した。

と同時に、障害物にぶつかった。


「…っ…」


軽く持っていただけの楽譜達は、バサバサっと音を立てて床に散らばる。


「悪い。後ろに人がいるなん………、」


謝罪と共に、落ちた楽譜に向けていた視線を上げた俺の目に映ったのは、ここ最近でイヤになるほど見たことのあるオレンジ色だった。


「久し振りだな。み、な、と」


語尾にハートマークが付きそうな口調。

全然久し振りじゃないだろ…と思いながらも俺が驚いたのは、オレンジ頭が後ろにいた事より何より…、


「…なんで俺の名前知ってんだよ」


という事だった。

楽譜を拾い集めるのはとりあえずあとにまわして、先に目の前の敵を片付けようか。

相変わらず、本音が読みにくいニヤリとした笑みを浮かべている。

そして、何を言っているんだとばかりにふっと肩を竦めたかと思えば、


「愛するハニーの名前を俺が知らないわけないでしょ」

「………」


ろくでもない答えが返ってきた。

挑発にのってはいけないことは、これまでの経験上よくわかっている。

溜息を吐きだしていったん気持ちを落ちつけ、間近に立つ相羽の体を腕で押しのけてから散らばった楽譜集を拾い集めた。


「…どうでもいいけど、神出鬼没に現れるのはやめろ」


落ちた楽譜を全部拾い集めて屈めていた上体を起こすと、表紙についてしまった埃を軽く指で払い落す。

今度こそ落とすまいと、しっかり持ち直して歩きだそうとしたその時。


「俺の名前も知りたいだろ?」

「いや、まったく」


…本当にコイツは自分中心の会話しかできないのか。


気にせず足を進めようとすれば、腕を掴まれて引きとめられた。

ジロリと睨んでも、どこ吹く風。


「俺は相羽圭介あいば けいすけ。圭介って呼んでいいから」

「………」


空気が読めないのか、空気を読む気がないのか、空気を読んでもわざとそれをスルーしてるのか。

こいつだけはわからない。


「呼ばねぇよ」


掴まれた腕を軽く振り払い、ため息交じりに呟いた。疲労感がハンパない。

いいかげんにここから出たい。だが、俺がドアへ向かおうとうすると、それを邪魔するように相羽が目の前に移動する。


「そこをどけ、オレンジ頭」

「圭介って呼んでくれるまで動かない」

「………」


なんだこのテンプレート化したパターン。

思わず舌打ちをしてしまった。

相羽の言う事は完全に無視して、目の前の邪魔な体を押しのけるようにして歩き出す。


「待てよ水人。アンタなんでそんなに俺の事毛嫌いしてんの?」

「……は…?」


扉に向かって歩き出してすぐ、耳を疑ってしまうとぼけたセリフに、躓くように足を止めて振り返った。

…なんで…って…、逆に聞きたい。今までの行動のどこをどう見て毛嫌いせずにいられるのか。


「自分の行動を一から思い返せ。そして反省しろ」


溜息混じりに言い捨て、もう話しかけるなという意味で片手をヒラヒラと振って歩みを再開し、今度こそ音楽室を後にした。








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