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MAGICAL‐LAWYER!(マジカルローヤー)

賢者ロックの暇つぶし

作者: 宇奈月

 本編「MAGICAL-LAWYER!(マジカル・ローヤー)」の番外になります。

 本編を読まなくても読めるようには書いています。

 さくっと読んでいただけると嬉しいです。

「暇だなぁ」

 そう、俺は暇していた。原因は俺の斜め後ろの机でうんうん唸っている、勘の悪い一番弟子にあった。

「そんなこというなら、もっとヒントくれればいいでしょ~! 私だって真剣に考えてるんだから!」

 文句だけはいっちょ前だ。

「自分で解決しなければ意味のないこともあると言っただろう。それが今、お前に出している課題だ。もっと粘れ」

「分かったよ・・・・・・」

 素直なのは大変結構だ。

「おいエステル、俺ちょっと研究室出るぞ。誰か訪ねてきたら一時間くらいで戻ると言っておいてくれ」

「え!? 一時間も出てくるの?」

「それまでに課題ちゃんとやっとくんだぞ。じゃあな」

「はーい・・・・・・」


 研究室を出てアカデミーの中庭に向かう。ここは俺が一番気に入っている場所だ。数ある中庭の中でも比較的無人の確率が高く、ゆっくりしたいときには最適なのだ。今日は授業とエステルの相手で疲れたし、のんびり昼寝でもしよう--と思ったのだが--

「ん? ロックじゃねぇか?」

 先客がいた。ベンチに座って本を抱え込んでいる背の高い男は、俺の直属の弟子ダンテだ。エステル同様、こいつも俺に対して敬語を使わないが、もうそんなことは気にならなくなった。何というか・・・・・・こいつらは自分の子どものような感覚なのだ。子どもにタメ口をきかれて怒る親もいないだろう。

「何読んでるんだ?」

「え? あぁ・・・・・・召喚法の基本書だよ」

「お前もエステルと同じ召喚法選択だったもんなぁ。どうだ、ドルバックの授業は分かりやすいか?」

「まあまあ」

「よし! そう伝えておいてやろう」

「--!? やめろよ! 単位もらえなくなるだろうが!」

「ドルバックはそんな奴じゃないぞ」

「だとしてもやめろよ! てか、何しに来たんだよ、ロック!」

 すぐにムキになるところがまだまだ子どもだな。まあ20歳なんて俺から見れば、普通に子どもなんだがな。

「昼寝しようと思ったが、お前の邪魔になるのもなんだからやめた。じゃあ、またな。明日は研究室に来るんだぞ」

「ああ、分かった」

 こいつも結構、素直なんだよな。やはり成長に必要なのは素直さだ。きっと大物になるに違いない、いや、大物にしてやろう。


 中庭がダメなら次は図書館だな。アカデミーの図書館は俺が学生だった50年前よりもずっと綺麗になっていて、蔵書数も何倍にもなっている。今の学生がちょっと羨ましいな。

「あ、ロック先生。今日の授業もお疲れさまでした」

「ん? ああ」

 入り口前で声を掛けてきたのは、俺の父親の友人であるアレクサンドル・ケーラーだ。ケーラーはドラゴンなのだが、今はヒトの姿でアカデミーの学生なんてやっている。ドラゴンがヒトから学ぶことなどあまりないように思えるのだが、ケーラーは至って真面目かつ謙虚に俺の授業も受けてくれている。実はケーラーが受講していると思うと少し緊張するのだが、そこは俺のメンツにかけておくびにも出さない。

「本を借りに来られたのですか?」

「いや、ちょっとぶらっと見てみようと思っただけだ」

「今日はノースアカデミーの新刊が出ていましたよ」

「ノースって誰がいたかな・・・・・・」

「『水の法』のネロ・マクスウェル教授がいますよ」

「う~ん、分からんなぁ。最近の奴か?」

「まあ、まだ30代の方ですからね。私達から見れば、随分最近の方ですね」

 ケーラーはくすくす笑っている。だが、こいつと一緒にされるのは俺としては大変心外だ。こいつは350歳で、俺はまだ65歳なのだ。

「では、失礼しますね。また授業で」

「ああ、また」


 図書館に入ると、気持ちのいい静寂が俺を包み込んだ。俺の好きな感覚だ。パンデクテンの街の賑やかさとは大違いだ。

「あ、ロック先生!」

 エントランスで新刊を見ていると、またしても知り合い--というか教え子に声を掛けられた。

「先生もノースの本、借りに来たんですか?」

「いや、ちょっとぶらっと見に来ただけだ。ユーリはノースの本、借りるのか?」

「はい! マクスウェル教授の本が出てるって聞いたんで」

 またマクスウェルか。最近人気なのか、この教授は。俺が学生の頃は『水の法』と言えば、オルネイ教授の書いた基本書が定番だったのだが、基本書のサイクルとは早いものだ。俺もそろそろ新しい本を出しておかないと学生に忘れられるかもしれん。

「ユーリはいつも図書館で勉強してるのか?」

「はい! 静かで集中できるんで、気に入ってるんです」

「俺も学生の頃はここが一番好きだったなぁ」

「ほんとですか!?」

「あぁ、ここで毎日のように勉強してた。ニコラス・バークリーもな」

「校長もですか?」

「あぁ、優秀な奴はみんなここの常連だ。お前も俺たち以上に立派な魔法律家になれるように頑張ってくれよ」

「はい!」

 そこは謙遜するところだったのだが、まあ・・・・・・いい。こいつは本当に優秀だ。努力を怠らず、それを苦とも思わないのがすごい。一種の才能だな。


 ユーリに別れを告げ、マクスウェルの新刊をチェックすると、もう研究室を出てから45分も経っていた。もうそろそろ戻るかな。エステルは課題を終わらせることができただろうか。終わってなければ何かヒントをやらねばならん・・・・・・人に教えるというのは、本当に難しいことだとアカデミーに来て改めて実感した。

 研究室に続く廊下を歩いていると、ふとドルバックの研究室の表札が目に入った。若い男の話し声が聞こえる。今日は誰か来ているのか? 何げなく立ち止まったところで、ドアがガチャリと開いた。

「あ、ロック先生じゃないですか。ドルバック先生に御用ですか?」

「何だ、ドミニクがいたのか。話し声が聞こえるから来客なのかと思ったぞ」

「ははっ、姉さんに頼まれていた資料を届けに来てたんです」

 ドミニクが少し困ったように笑う。こいつも俺の直属の弟子だがダンテとは正反対の礼儀正しい青年だ。ちょっと気を使いすぎるところもあるが、それがこいつの性格なんだろう。無理にくだけた態度を取れと言うつもりはないが、もう少し懐いてくれたらいいのになぁとは思う。

「おい、ドミニク。ロックが来てるのか?」

 部屋の奥からドルバックの声が聞こえた。

「おお、ドルバック。さっきお前の生徒が、お前の授業は「まあまあ」だと言っていたぞ」

「・・・・・・わざわざそれを伝えに来てくれたのか。暇なやつだな」

「否定はせん。本当に暇なんだ」

「暇つぶしならよそでやってくれ。俺は忙しいんだ」

 ドルバックの言葉を無視し、研究室に上がり込む。ドミニクは用事があるらしく、「それでは」と言ってそのまま部屋を出ていった。

「ロック先生いらっしゃい。お暇なら、ゆっくりしてらしてください。今、紅茶を入れますね」

 ドルバックの助手で、ドミニクの姉でもあるクロエ・ヴァレリーがニコリと微笑みかけてくれた。この娘は本当に綺麗になったな。昔から美少女ではあったが、ここまで美人になるとは思わなかった。ドルバックも心配の種が尽きなかったことだろう。

「おい、クロエ。そんな奴放っておけ」

「何言ってるのよ。ドルバック先生もそろそろ休憩した方がいいわ」

 クロエはキッチンから出てくると、香りのいい紅茶を出してくれた。アッサムだ。ドルバックがアッサムしか飲まないから、ここで出てくる紅茶はいつもアッサムなのだ。うまいからいいのだが、ドルバックも他の物も飲めばいいのにと思う。

「・・・・・・ロック、ドミニクはどうだ? ちゃんとお前の研究室でやっていけているか?」

 ドルバックは紅茶のカップをソーサーにかちゃりと置くと、改まって尋ねてきた。何を今更。

「もちろんだ。研究もしっかりやってくれるし、レポートのまとめ方もうまい。申し分なく、役に立っている」

「研究室の・・・・・・エステルやダンテとは美味くやっているのか?」

 何だ、そっちが聞きたかったのか。ドミニクは前に所属してたノースアカデミーの研究室では、あんまり人間関係がうまく行ってなかったらしいからな。親代わりとしては心配なんだろう。ドミニクももう25歳だが、子どもはいつまで経っても子どもということか。

「心配するな。うまくやっている。エステルとはもちろん、ダンテとも結構相性が良さそうだ。これから新しく入れる奴も、変な奴は選ばないつもりだから安心しろ」

「なら良いんだが・・・・・・」

 ドルバックの仏頂面が少し和らいだ。こいつがこんな顔をするのは、ドミニクかクロエが絡むときだけだ。普段からこんな顔をしておけば学生からも怖がられることはないのに、本当に不器用な奴だ。

「ごちそうさま。おいしかった。ありがとう、クロエ」

 俺はソファを立った。

「もう行くんですか?」

「ああ、そろそろ帰らんとエステルが研究室で待ってるからな。じゃあまたな、ドルバック」

「あぁ・・・・・・それとロック」

「ん?」

「俺の授業が「まあまあ」だと言っていた生徒は誰だ」

「・・・・・・秘密だ」

 意外と根に持つ奴だな。


 ドルバックの研究室を出て自分の研究室に向かう--と言っても50メートルも離れていないのですぐ着く。

「エステル、帰ったぞ。起きてるか?」

「起きてるよ!」

 エステルがふくれっ面で出迎える。

「課題はできたのか?」

「バッチリだよ!」

「どれどれ・・・・・・」

 ノートを受け取って確認する。

 うん、できている。さすがは俺の一番弟子だ!

「正解だ。よくやったな! エステル!」

「ほんと!? やったぁ!」

「じゃあ、もう腹減ったし夕飯にするか! 何食べたい? どこでも連れてってやるぞ」

「わぁーい! じゃあねぇ、時計屋さんの裏にあるパスタのお店がいい!」

「うん、じゃあそうしよう。忘れ物するなよ」

「はーい」


 ロックとエステルはアカデミーを出ると、ニコニコと笑い合いながらパンデクテンの街のメインストリートを下って行った。

「あれ? あそこにいるのって・・・・・・」

 そんな二人を一人の少女が目撃した。エステルと寮で同室のクレアだった。

(また二人でご飯行くんだ~! もう、付き合っちゃえばいいのに!)

 クレアは心の中でキャアキャア叫びながら二人の背中を見送った。

 見た目が15歳のじいさんと、見た目も実年齢も15歳の少女の二人連れは、端から見ると可愛いらしいカップルにしか見えないのだった。

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