金魚
ギャグです。
先守隆雅は絶叫した。
「出でよ!!」
叫びながら素早く印を組み、開いた右手の平を天に突き上げる。
「――ふ菓子!!」
声に呼応して、彼の手に、異様に長い唐金仕様の把手が付いた、皿状のふ菓子が出現する。
安倍時砂は唖然として目の前で絶叫した少年を見た。
少年の手に現れたのは金魚掬い用のふ菓子の、把手が長いものだ。 ヒュンと風邪を切って少年の頭上から時砂の眼前へふ菓子が移動した。
時砂はビクリと肩を揺らす。少年は不敵に笑った。
「あんたの金魚を救ってやるよ」
訳が分からなかった。
決まった……隆雅は思った。これ以上ないほど完璧な決めゼリフとポーズだった。
しかし唖然とこちらを見ていた女子大生は、眉をしかめて怪訝そうに言う。
「あんた誰?」
ここは言葉を失って見とれるか、もう少し間を持たせて、あなた……誰?くらいの調子で言うかしてほしかった。
「……俺は金魚救い屋だ」
隆雅は内心脱力したが、それを表に出さず答える。
「金魚掬い?」
「人は心の中に、一人一匹金魚を飼ってる。君の金魚は今病んでるよ、安倍時砂さん」
時砂は首を傾げた。
「心に、金魚?」
「そう。見ていろ。救うぞ」
「すくう…」
なおも不思議そうに首を傾げる時砂の胸に、隆雅はそっとふ菓子を差し延べる。
まるで水に浸すように、とぷんと音を発ててふ菓子がその胸に沈んだ。
「……カンニング」
隆雅の言葉に時砂の肩が揺れる。
「金魚の病気の原因だ。どんな大事なテストだったか知らないが、満点取らなきゃいけないわけじゃあるまいし、心を大事にしろよ」
「何、言って…」
隆雅がスッとふ菓子を引く。
皿の上に赤い金魚がぐったりと横たわっていた。
「この金魚はその人のきれいな心に住むんだ。きれいな心が追い詰められて変容すると、金魚は病む」
隆雅はそっと、金魚を時砂の前に差し出す。咄嗟に時砂は両手を出して金魚を受け取った。
「もう大丈夫だ。その金魚は救われた。あとは君の心次第だ」
金魚は跳ねて、時砂の胸に飛び込み、とぷんと沈んだ。
「どこに行ったの?」
「心に帰った」
時砂は瞬きもせずに隆雅を見つめる。
「あなた……誰?」
隆雅が求めていた反応だった。
「金魚救い屋さ」
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言φ葉の三月お題です。
中学のときのノートに元ネタがあったのですが、無謀にも当時の私はこれを連載にと考えていたらしいです。