第25話 クレアの決意と訓練の終わり
さて、訓練も終盤に入る。毎日のように走らされ、槍や剣を使って木人や巻き藁斬ったり突き刺したり、厳しい訓練だ。ついでに訓練が始まった1週間後、セレスティアの志願兵800人に対しても別の場所で騎士団が訓練を始めたとか。しばらくは北部自治領(仮)とセレス王国軍がタキア連合との国境付近に大規模な部隊を展開して見張っている。戦力はこちらの方が上なのでまだまだタキアも動けないそうだ。ザマァみろ。
ちなみに、流石に騎士団が笑ってしまった出来事があったそれは腕立てでの出来事である。
「えー、1班腕立て用意!」
クレア達女性10人とクリストフ達男性20人が腕立ての姿勢をとる。ちなみに今更だが1班30人ずつでやってる。合計310人のため、9班と10班は35人だが。
長岡二尉も腕立ての姿勢をとる。1.2.3.4.5…と腕立てをやっていく。もう2ヶ月も経っているから弱音を吐くものはいない。クレアも慣れたようにやっている。
29回までやって、そろそろ終わりか?と思うが予想外のことをやったのだ。
「29!……1!」
クレアだけじゃなく、新兵の全員が頭に!?を浮かべるが、腕立てが遅れると怒鳴られるので、困惑しながらもやる。
「1!」
「ん、んん!?」
リーゼが困惑しレベッカも少し笑いを堪える。
「1!」
あ、これ永遠にやらせるやつだ。長岡二尉がやめっていうまでやるやつや!
「ひえぇ〜!!」
「何悲鳴あげてんだ!はい1!」
「そ、そんな〜!」
「はい1!」
「これはひどい。」
俺は流石に笑いを堪えるが、笑うとアレなので顔を後ろに向ける。流石に見に来ていたノーラ女王も口元に手を当ててクスクスと笑ってしまう。長岡二尉はわざとやっているのだ。ちなみにルナは腕立ての姿勢をしながら困惑している。すっげえ口を丸く開けて。それ先に言ってよ。みたいな顔をして。
流石に30回くらいやるとやめさせる。長岡二尉はまったく疲れていない。
「現時刻1630、戻ってよし!」
「分かれます!」
1班が部屋に戻る。
「あ、あれは罠だよ!あんなのないよ!」
「60回くらいやったよね…クレア様のせいで笑いかけましたよ?」.
「ご、ごめん!びっくりしちゃって。」
部屋の中では雑談で盛り上がる。まぁ流石にこれは笑い話にもなるだろう。男性達も入ってきて流石にゲラゲラ笑っていたのであった。
「クレア、笑わせんなよ!力抜けるところだったぞ?」
「うるさい!クリストフのくせにもう!」
クレアは笑顔で言う。だが疲れ果て、疲弊したのを乗り越えた出来事があったのだ。
それは1ヶ月目の最後の日。10キロ行軍をやった時である。残り1キロだ。20キロの荷物を背負い、ずっと歩き続いた結果疲労が溜まり、限界を迎えていたがゴールが見えて希望を持ったその時であった。
「友軍部隊が戦闘に入った!急ぎ救援に向かう!走るぞ!」
立川三尉がいきなり叫ぶ。隊員達が走り始め、新兵達も急いで走る。その時運が悪く先頭の旗持ちがクレアだった。ゴール直前まで走り、全員が解放されると思った。だが隊員達は左に曲がる。そう、グラウンドを何周もさせるのだ。
「走れ走れ!味方を殺す気か!?」
「今ここでへこたれてどうするんだてめえら!」
「………っ!!」
罵声が飛び交い、先頭の立川三尉を必死に追う。クレアは限界を迎えていた。そしてそれ以上にリズも限界を迎えていたがクレアが旗持ちのため耐えていた。旗は重いからだ。リズはクレアが耐えてるのに自分がギブアップをするわけにはいかない。クリストフがクレアの走る速度が遅くなっていることに…限界という事に気づく。
「クレア!旗をよこせ!おれが持つから…!」
「う、うん…!」
走りながら旗を渡そうとする。その時、クレアが溝につまづいてしまう。
「あっ……。」
顔が青ざめる。旗持ちに選ばれた者が旗を忘れたり、落としてしまうと想像を絶する罰が待っていると。転んでしまい旗を落としてしまったのだ。ただでさえ肉体的に限界を迎えており、自分のせいでみんなが想像を絶する連帯責任の目に遭う。自分が恨まれると想像してしまい、さらに連日の罵倒で恐怖に怯えていた緊張の糸が切れてしまう。
「何やってんだコラァ!!」
「おい返事しろや!何黙ってん…お、おい?」
隊員達が異変に気づく。即座に顔を見ると愕然とした、クレアの目が虚になり、ガタガタと震え、頭を両手で押さえてしまい懺悔のようにボソボソと言い始める。
「ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。」
「おいどうした!?」
「落ち着け!」
「クレア!?」
「クレア様!?」
「クレア様…!?どうしました!?」
長岡と立川が近づく。全員が流石に止まり、クリストフとリズも心配そうになり、ルナも心配になり近づく。教官の立場なのに様付けになる程驚いている。
「他の奴らは走れ!クリストフは旗手を!俺はクレアを医務室に連れていく!」
「は、はい!」
なんとか立たせて落ち着かせながら手を繋いでいく。医務室でクレアは寝てしまう。涙を流し、震えていた。ランニングが終わり、心配したクリストフとリズが入ってくる。
「ナガオカさん!クレアは!?」
「クレア様は!?」
「あー、大丈夫だ。多分、緊張の糸が切れたんだろうな…」
長岡が少し後悔するように俯く。クリストフとリズは意味がわからずに困惑する。
「つまりだな、バケツの中の水が溢れたようなもんだよ。必死に耐えてたが、転んだ時に旗を地面につけたから自分のせいで罰を食らうとか、みんなに恨まれると想像したんだろうな。恐怖が溢れたのさ。」
「そ、そんな…!」
「クレアは今日は休ませる。」
クリストフとリズが許可を得て残る。1人では寂しいだろうと、不安だろうなと。2人が判断したからだ。
訓練が終わり、長岡が指示を伝える。班員に話を聞きたいから番号順に呼ばれるという。今回はそれにより遅れても仕方ないので、その場合は明日に持ち越しになった。
だ最初は男からであり、理由が理由なのでクリストフが男子の最後であった。
「訓練は厳しいか?」
「あ、はい!自分は大丈夫ですけど…」
「班員で夜震えてる奴はいたか?」
「最初の1週間はいましたけど今はいないですよ。」
「わかった。あとは…」
20分ほど話して終わる。
「私は怖いですけど…何としても入りたいので…」
「家族が大変らしいからな…。同期でなにか気になる者は?」
「クレア様です…。責任感が強いので、自分のミスで迷惑をかけるのではないかと、班長になった時も不安と緊張で震えてました…」
「クレア様…。今は部屋にいるそうだが、大丈夫そうか?」
「なんとか…。とりあえずみんなでサポートしましたので。ベッドに座って落ち着いてますよ。」
「頼む。私も今は教官の立場だがクレア様に対する忠誠はリーゼ様にも負けないからな。お前がクレアに頼られてるし仲がいいからな。見ててやってくれ。」
女性の方はルナが聞いていた。やはりみんな不安はあったが大丈夫だったり耐えていたのだがクレアは限界に近かったらしい。リズと隣のベットのものは気づいており、前から相談すべきと言っていたのだがクレアは不安を隠して「大丈夫」と言ってしまうのだ。みんなを不安にさせないために。
「私が早く伝えるべきでした…。」
「お前だけじゃない。ナガオカ殿も、教官全員が責任を感じている。大丈夫だ。」
「はい…ルナ教官。」
一礼をして部屋から出ていく。長岡が入ってくるとクレアを呼ぶ。
「クレア様、今の私は教官の立場ではありません。臣下の立場である私に今の気持ちを伝えてくれませんか?」
「全部言ってくれ、今はどんな心境だ?」
「…辞めたいです。」
クレアはとうとう弱音を吐いてしまう。
「も、もう嫌です…。今まで頑張ろうと、お姉様みたいに頭が良くないから、お母様とお姉様を守る騎士になろうと我慢してきましたが、もう限界です。怖いです…。辛いです…。」
涙をポロポロと流す。かなり精神的にきてるのだろう。嗚咽を漏らし、長岡とルナを直視できないほどに震えている。
「今でも怖いか?明日から10日間の休みになるが、辞める決心に変わりはないか?」
「はい…。お母様に話すつもりです…。」
「クレア様、少し精神を休ませれば変わります。せっかく騎士になれるのですよ?」
「みんなに迷惑をかけるくらいなら…私のミスでみんなに恨まれるのが怖いんです…。怒鳴られるのももう…」
「クレア、俺も多くのミスをしてきた。レンジャー訓練でやらかしたからな。隊員達はそれを乗り越えてる。だが辛いのなら…俺は辞めるか辞めないかはノーラ様の判断もあるから決められないが、冷静になってみろ。今日は誰にも旗の事では連帯責任を与えていないから心配するな。逆にみんな心配していたぞ?」
クレアは何も言わずに立ち上がり、一礼して部屋を出る。
翌日、やっと家に帰れると新兵達は喜び家に向かうが、クレアの表情は浮かばない。
城の中に入るとノーラとセレナが笑顔で抱きしめる。
「……ただいま。」
「お帰りなさいクレア!」
「疲れてるよね?お母さんがお祝いに美味しいご飯を作ってくれるよ?」
「……うん。ママのご飯…久しぶりだから楽しみ。」
「クレア‥?大丈夫?」
あえて訓練を見に行っていないセレナは心配になってしまう。いつもなら笑顔で明るいクレアだ。姉として本当に不安になる。
「……うん。部屋で少し寝るね……。」
トボトボと部屋に向かい、入ってしまう。ノーラはセレナに不安そうな表情を向けられるが、優しく手を包み込むように握る。
「大丈夫よ。あの子は立ち直るわ。食事の時話し合いましょ?」
「はい…。」
あそこまで元気のないクレアは久々に見る。幼少期、今は亡き父に本気で怒られた時以来だ。
夕飯のために、ノーラがクレアの好きなものを作りはじめる。しかもクレアはガッツリ食う(社交の場では礼儀よく食べるが。)タイプなのでより力をいれる。過去は従者やメイドに任せていたのだが、北部が襲撃された時、身を隠していた時にノーラは料理を覚えたのだ。
クレアを起こし、3人で久々の食事だ。
「「いただきます。」」
「……いただきます。」
好きな料理を前にしても気分が上がらない。とは言っても久々の母の手料理は嬉しいのかフォークは進んでるが。城に帰ってきて安堵したこと、母の手作り料理を食べられる嬉しさで涙がポロポロと溢れてしまう。
「クレア!?」
「お、お姉ちゃん…泣いてごめんね…だけどおいしくて…嬉しくて…お城の中って…私達の家ってこんなに暖かいんだなって…」
「大変だったんだね…母さんから聞いてたよ。」
セレナが安心させるために微笑み、頭を撫でるとクレアは嗚咽を漏らす。
ノーラその光景を見てセレナの優しさに微笑むが、クレアにあえて厳しいことを聞く。
「クレア、昨日ナガオカさんとルナから聞いたわ。辞めたいのね?」
「!!う、うん…」
「クレア、厳しいこと言うけど辞めさせないわよ。」
ノーラはまっすぐな視線で、真剣な表情でクレアに宣言する。逃げるなと。
政務で忙しい中でも心配していたのに、あえて突き放す態度にセレナは驚く。
「お、お母さん!?」
「クレア、私は今貴方の逃げ道を塞いだのかもしれない。もしかしたら私にショックを受けたのかもしれない。」
無慈悲な発言にクレアの表情は沈んでいき、嗚咽を漏らし、立ち上がって部屋を出ようとする。だがそれは許されない。
「クレア、人は逃げていい時と逃げちゃダメな時があるの。今は逃げちゃダメなのよ。貴方、何度も騎士団と一緒に行って指揮したいって言ったことあるわよね?」
「うん…」
「自分のミスで皆んなから責められるのが、恨まれるのが怖いって言ってたって聞いたわ。そうね、確かに怖いのはわかるわ。だけど貴方、もしあの時本当に戦いに出て指揮をして、騎士団に犠牲がでたとしたら?貴方はその覚悟があって指揮をしたいと思ってたのかしら?」
ある訳がなかった。かっこいいから指揮をとりたかった。リーゼやレベッカ、騎士団への憧れだけだったから。
「ううん…憧れだけだった…。かっこいいなって思ってただけだった…。」
「ナガオカ殿に言われたの。『教育も受けてないのに指揮をとって部隊が壊滅した時、戦死した騎士の遺族になんて説明しますか?娘さんの無謀な指揮で部隊が壊滅したと言えますか?それで遺族は納得しますか?』って。何も言えなかったわ。クレア…私がここまで厳しいことを言ってる意味がわかるでしょう?」
無言で頷く。その通りだろう。それを理解させるために立場に尽かされるのだ。自分の指示のミスでどうなるかを理解させるためだったのだ。軍隊という組織では必ず誰かがつかなければならない立場なのだ。
ノーラの目にも涙が浮かぶ。クレアを思うあまりに。
「今は辛いわ。だけど…私もセレナも今は貴方を助けることはできないの。貴方はこれを乗り越えなきゃいけないの。私も…女王の立場に継いだときは怖かった。だけど誰かがやらないの、逃げてはいけないことなの。」
「ママ…」
「ナガオカ殿は貴方のこと褒めてたわ。仲間思いで、リーダーシップを発揮してるって。ルナも忙しい中でも、私に報告してきてたの。だから…辛くても立ち向かって。立派な騎士になってちょうだい。」
クレアに近づき、優しく抱きしめる。胸に顔を埋めて泣きじゃくる娘の頭を撫でる。クレアはこの時、必ず辞めないと誓ったのだ。セレナも近づいて頭を撫でる。
「頑張って。私も…勉強を頑張るから。お母様の政務のお手伝いがあるから…。クレアも負けないで。」
「ごめんね…今はクレアが一番辛いのに、厳しいことを言ってごめんね…。本当にごめんね…」
「ママ…、お姉ちゃん…!」
クレアは誓ったのだ。恐怖を乗り越えると。
連休が終わり、訓練場に戻る。クレアの目つきは変わり、弱音を吐かない決意を見せ、必ず騎士になる。その雰囲気が出ていた。
リーゼとレベッカは心の底から安堵して、長岡が無言で肩を叩き、ルナは敬意を表して、クリストフはわざとおでこを小突いて笑い、リズが安堵する。そのようなことがあったのだ。
厳しい訓練も終わりが近づく。25キロの行軍も終わり、ボロボロだがやっとやり遂げた。正式な騎士になれるのだ。
修了式が始まる。
310人が騎士や兵士になれるこの日、新兵たちの家族や親戚が集まる。三国同盟を守る戦士たち、ある者は騎士になれることに喜び、ある者は涙を流す。
今まで厳しかった自衛隊の隊員たちが褒めてくる。
「リズ、お前最後まで頑張ったな!よくついて来れたな!」
「あ、ありがとうございます!」
「クリストフ、よくやったな!これからも頑張れよ!」
「ありがとうございます!」
「クレア…よく耐えたな!一番心配したぞ!」
「ありがとうございます!本当にありがとうございます!」
最後の最後に褒めてくれてほぼ全員が涙を流し、騎士団の証としてメダルが配られる。これでもう義勇兵ではない。本物の騎士になれる!はずだったがクレアとリズだけがリーゼに呼ばれる。
「クレア様、リズ、あなた方は我ら白薔薇近衛騎士団に入るのではなく、女王直属の護衛になっていただきます。」
「え!?」
「ど、どう言うことですか!?」
クレアは目を丸くし、リズは困惑して顔を見合わせる。
「それは私とナガオカ殿のお願いなの。」
「マ…お母様!?」
「ノ、ノーラ様!?」
ノーラが目の前に現れ、リーゼが跪く。いきなりのことすぎて2人が本気で困惑している。
「俺が提案した。クレア、お前は母親を命懸けで守れ。そしてリズ、お前はクレアを補佐しろ。女王を守る騎士になるんだ。訓練は騎士団と合同だがな。」
「ナガオカさん…!?」
「私がクレア様を…!?」
長岡が珍しく、恥ずかしそうに、だが真剣に命令する。
「自衛隊の方々は三国同盟の戦争には参加しない。だけど…私とセレナ、エレナの直属の護衛になるの。あなた達もこれからお願いね。」
「私でいいの?」
「ええ。立派な騎士になったからこそよ。リズさん、私の娘をしっかりと補佐してあげてね。」
クレアとリズは頷く。もしかしたら手を汚してほしくないと言うのもあるのかもしれない。だが、それをやってしまったら2人の努力を無駄にしてしまう…。それ故に2人を護衛にしたのだ。そしてノーラがもう一つ伝える。
「あと…これからセリス王国とセレスティア王国は合同統治…セリス=セレスティア王国になるの。ヒロナカ殿の提案でね。昔から私達の国は同盟を結んできたと言うのもあるし、周辺が連合を組んでも対抗すると言う目的があるわ。城も国境の中央に建てるわよ。」
そう、2国が合同統治をするのだ。これにより同盟はより強固になる。




