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ダンジョン日記  作者: アイデア
第0章 新生ダンジョンの主「原初の3人」
7/24

第6話 共鳴の眠り ― 休息

水の音で、目を覚ました。

 どこか遠くで流れている。

 昨日よりも静かで、深い音だ。

 まるで、迷宮の心臓が眠っているような響きだった。


 天井の苔が淡く光っている。

 緑でも青でもなく、灰の中に滲む微かな光。

 朝、というよりは、夜がそのまま薄まったような時間。


 肩の上でキトが小さく震えた。

 ぺち、ぺち。

 それだけで“起きろ”という意味になる。

 魚は天井をくるりと回り、泡のような光を落とす。

 いつもより、光が柔らかい。


 ――きょうの行いを選べ。

 ① 通常戦闘。

② 封印の間。

③ 休息。


 迷わず言葉を選んだ。


「③、休息。」


 囁きが消えた瞬間、迷宮の空気がゆっくりと動いた。

 通路の奥で風のようなものが流れ、温度が少し上がる。

 壁の苔が呼吸するように膨らんで、淡い香りを漂わせた。


 今日は、迷宮そのものが“眠る日”らしい。



 寝床のある部屋に戻り、腰を下ろす。

 骨鳴りの剣は壁際に立てかけてある。

 刃の音は止まっていた。

 昨日までは、心臓のように震えていたのに。


 静かだ。

 静かすぎて、自分の拍がうるさいくらい。


 キトが僕の胸の上に移動してきた。

 ぺち、ぺち。

 リズムを合わせろ、ということだ。

 魚が部屋の中央を泳ぎながら、青白い光を描く。

 その光が波のように広がり、空気に溶けた。


 呼吸を合わせる。

 吸って、吐いて。

 キトの拍と僕の拍、魚の光、苔の揺れ。

 全部が同じ速さで動いていた。


 世界が、僕に呼吸を合わせている。

 それを感じた瞬間、全身の力が抜けていった。



 まぶたの裏で、音が変わる。

 水の音が、少し遠くなった。

 代わりに、低い鐘のような響きが近づく。

 トン、トン、トン。

 共鳴の欠片。


 ポケットの中で、かすかに熱を持っていた。

 目を閉じたまま、それに指先を触れる。

 音が脈打つ。

 指の先から心臓へ、心臓から迷宮へ、波紋のように広がっていく。


 世界が反転した。



 光が上からではなく、下から差している。

 水面の底に沈んでいるようだった。

 周囲は透明な闇。

 そこに、誰かがいた。


 輪郭のない人影。

 僕よりも少し背が高く、髪のようなものが水に漂っている。

 声はない。

 でも、胸の奥で“音”が響いた。


 カン、カン、カン。

 三拍。


 その拍は、僕のものよりも正確で、澄んでいた。

 その音に合わせて、水面に波紋が広がる。

 波紋が形を持ち、模様を作る。

 螺旋、文様、そして、扉のような図形。


 ――【封印】。


 声ではなく、意味だけが頭の中に浮かんだ。

 それは、言葉のない記憶。


 影が手を伸ばす。

 指先が僕の胸に触れる。

 冷たくも熱くもない、感情そのものの温度。


 トン、トン、トン。

 音が重なり、視界が揺れた。

 光の粒が舞い、世界が崩れる。



 目を開けると、部屋の天井が見えた。

 苔が淡く光り、魚がゆっくりと輪を描いている。

 キトが胸の上で丸くなっていた。


 眠っていた。

 けれど、夢ではなかった。


 ポケットの中で、共鳴の欠片がまだ脈打っている。

 光が漏れ、部屋の空気に淡い波紋が走る。

 その波紋が壁を通り抜け、奥の通路まで広がっていく。


 迷宮が、応えている。

 休息の日なのに、迷宮が動いている。


 欠片の音が、言葉のように聞こえた。


 ――「また会おう。」


 誰の声かは分からない。

 でも、その瞬間、昨日までより少しだけ、迷宮が近くなった気がした。



 水脈の音が戻ってきた。

 壁の苔が膨らみ、空気が湿る。

 魚が天井を叩き、光を散らす。

 キトがぺちと僕の頬を叩いた。


「……起きたよ。」


 声を出すと、迷宮が微かに震えた。

 遠くの壁が低く鳴り、音が反響していく。

 その響きは、まるで迷宮全体が息を合わせているようだった。


 僕は骨鳴りの剣を手に取った。

 刃が再び震え、音を返してくる。

 昨日よりも、少し深い音。


「……おかえり。」


 独り言のように呟く。

 キトがぺちと叩く。

 魚が光を放つ。

 音がひとつになる。


 迷宮の鼓動が、胸の奥まで染み込んでいく。

 休息の日は、戦いよりも静かで、けれど確実に進む日だ。



 夜が来る頃、共鳴の欠片が静かに光った。

 水の音に合わせて、微かに拍を刻んでいる。

 キトがそれを覗き込み、ぺちぺちと叩く。

 欠片が応え、音を返す。


 それを何度も繰り返すうちに、眠気が訪れる。

 迷宮が眠り、僕も眠る。

 けれど、眠りの中で、音だけは生きている。


 カン……カン……カン……


 遠くの鐘が鳴る。

 昨日と同じ拍。

 明日もこの音を聞けるように。


 そして、明日も――選んで、生きよう。


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