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ダンジョン日記  作者: アイデア
第0章 新生ダンジョンの主「原初の3人」
3/24

第2話:霧虫と初日の覚醒 ― 通常戦闘

目を開けた瞬間、静寂が広がった。

音がない。

それでも世界は生きている。

壁の苔が呼吸するように光り、

滴る水の音が時間を刻むように響く。


湿った空気。冷たい石。

空間そのものが、僕の存在を測るように脈動していた。


ここは“誰かの作った場所”じゃない。

僕が“入り込んだ場所”でもない。

ただ――元からあった。

そして僕は、その中に「置かれた」。

理由も記憶もなく、けれど息をする限り、この場所は僕を見ている。


その時だった。

皮膚の裏を這うような、静かな囁きが響く。


――きょうの行いを選べ。

① 通常戦闘:迷宮が呼ぶ最も近い敵と遭遇する。

② イベント:未知の現象・存在・異物との接触。

③ 休息:迷宮の静寂を受け入れ、心身を調える。


頭の中に、選択肢が流れ込む。

声ではなく、空気そのものが言葉を作っているような感覚。

この迷宮では“選ぶこと”が生きることなのだ。

選ばなければ、何も起きない。

何も起きなければ、存在できない。


僕は息を整え、答える。


「……①、通常戦闘。」


その瞬間、世界が微かに震えた。

空気の層が崩れ、霧が流れ込む。

ひと呼吸ごとに温度が下がり、

水音が止む。

音が、消える。

――戦闘が始まった。



闇の中、青白い光が揺れた。

霧が溶けるように広がり、その中に黒い“核”が見える。

掌ほどの大きさ。

ゆっくりと脈打ちながら、空気を吸い込んでいた。


霧虫。

羽も足も持たず、ただ空気を喰らう生物。

その存在は小さく、だが“生命の敵意”に満ちていた。


一歩、踏み出す。

肺が焼ける。

空気が、薄い。

息を吸うたび、命が削られる。

霧虫は、呼吸の音に反応している。


(息を……止めるしかない。)


肺の中の空気をゆっくりと押し出し、呼吸を殺す。

その静寂の中で、僕は壁に手を置き、音を立てずに移動する。

霧虫が動かない。

音を出すか、息をすれば、それだけで襲われる。


指先で、壁の目地を軽く叩いた。

カン、カン。

核がそちらへ振れた。

小さく、だが確実に。


その隙を突いて、短剣を逆手に構え、

霧の中心――核めがけて刺す。


手応え。硬い。

氷の粒を砕くような感触が伝わる。

霧が弾け、空気が戻る。


一匹、倒した。

だが、周囲にはまだ影が揺れている。


二匹、三匹、そして四匹目。

光が乱反射し、通路全体が揺れる。

息を止め、音を操り、冷たい空気の中で動く。

指先が凍え、呼吸を欲する体を無理やり押さえつけて――


(怖い。でも、逃げない。ここで選んだんだ。僕は“戦う”って。)


音を刻む。カン、カン、カン。

霧虫たちが反応して一斉に動く。

刃を振るい、核を狙う。

冷気が腕に走り、感覚が奪われる。

けれど、その痛みが、生きている証だった。


最後の一匹を仕留めると、

世界が静かになった。

水の音が戻り、息ができる。

肺が焼けるように熱い。

けれど、それが心地よかった。



床に四つの光る結晶が残っていた。

それを手に取ると、温かい光が掌を満たす。

その瞬間、迷宮が再び囁いた。


――通常戦闘:完了。

生存を確認。

報酬候補を提示する。

① 眷属(小)

② 武器(下級)

③ 部屋(素片)


報酬。

生き残った証。

僕は、少しだけ笑った。


「……①、眷属。」


通路の隅の苔が光を帯び、膨らみ始める。

胞子が舞い、繭が形を取る。

中で青白い光が脈打ち、ゆっくりと割れた。


そこから現れたのは、

手のひらほどの小さな生き物。

濡れた苔色の毛並み。背に薄い膜。

瞳は柔らかい緑に光り、

その中心に小さな脈が走っている。


灯苔スプライト。

迷宮の光を宿す、小さな生命。


スプライトは僕を見上げ、

石をぺち、ぺち、ぺちと叩いた。

三拍。一定のリズム。


その音を聞いた瞬間、

胸の奥で何かが震えた。


あの戦いの最中――

僕は恐怖を抑えるために、壁を叩いてリズムを刻んでいた。

それが唯一、心を繋ぎとめる音だった。

“生きている”ことを、確かめるための拍。


「……その音、知ってる。」


僕は膝をつき、スプライトを覗き込む。

スプライトはもう一度、ぺち、ぺち、ぺち。

僕のリズムに応えるように叩く。


不思議と、涙がこみ上げた。

恐怖の中で必死に刻んだ“生の証”を、

この小さな存在が、同じ拍で返してくれる。


「キト。」


自然に、その音が口からこぼれた。

名前というより、音の延長。

けれどそれが、彼の存在を確かに形にした。


スプライトが喉を鳴らし、膜を震わせる。

その風が僕の頬を撫でた。

まるで、笑っているみたいに。


「……キト、か。いい名前だ。」

僕は微笑み、手を伸ばす。

キトは小さく跳ねて、その手に乗った。

その体は温かく、心臓の鼓動が伝わる。


生きている。

僕が選び、戦って、そして生き残った証。

それが、今この掌にいる。



――次の行いを選べ。

① 通常戦闘:迷宮が呼ぶ最も近い敵と遭遇する。

② イベント:未知の現象・存在・異物との接触。

③ 休息:迷宮の静寂を受け入れ、心身を調える。


キトが足元で小さく石を叩く。

ぺち、ぺち、ぺち。

僕も同じリズムで叩き返す。

音が重なり、迷宮が呼吸を始める。


「……生き残った。次も、選ぶ。」


壁の苔が光を増し、水滴が再び落ちた。

迷宮は今日も息づいている。

僕もまた、その呼吸の中で、生きている。


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