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ダンジョン日記  作者: アイデア
第0章 新生ダンジョンの主「原初の3人」
24/24

第24話 供儀と進化


 静けさが、広間の石に沈んでいく。

 霧は赤を縁へ押しやり、血の匂いをほとんど残さない。壁の目地は淡く明滅し、足裏は“きゅ”と鳴る――歩ける第一回廊は、今日も僕らの側にある。


 リスフェルは〈ミストブレード〉を胸に抱き、灰青の瞳で床の一点を見つめていた。

 「……やっぱり怖いです。でも、守れました」

 「うん。もう僕たちが選ばない限り、誰も来ない」

 迷宮は、こちらが選択しなければ静かに閉じている。 戦うのも、進むのも、犠牲も、すべては“僕らが何を選ぶか”で決まる。


 壁の光が集まり、空中に文字がにじむ。いつもの報告より深い色だった。



 ――供儀を選べ。

 〈条件〉本日の戦場の遺骸:5/5(人間)

 〈供物〉侵入者の遺骸を霧葬し、迷宮へ還元する

 〈結果〉供儀成功時、迷宮成長+新主会招待付与

  ※“新主会”=新人ダンジョンの主を集める会合


 ――きょうの行いを選べ。

 ① 供儀:遺骸を迷宮に捧げる(推奨)

 ② 通常戦闘:第一回廊近傍(※選ばない限り外部侵入なし)

 ③ 休息:静穏



 (拾った矢羽や綴じ目じゃない。……人だ)

 喉が少し乾いたけれど、迷いは飲み下す。

 「……①にする。捧げよう」

 「はい」リスフェルは袖をつまむ。「わたしも、手伝います」

 キオルが輪を細く光らせ、梁からするりと降りた。


 広間の縁が静かにひらき、白布のような霧がたなびく。

 遺骸は霧に抱かれ、そっと運び戻される。斧の男、盾の巨躯、術士、弓手、白ローブ――五人。

 顔は穏やかだ。霧が死の表情をならすのだろう。衣の乱れを風が撫でるみたいに霧が直していく。


 広間の中央が薄くくぼみ、盆が現れた。縁には細い刻みがぐるりと走る。

 僕は心の中で、名を呼ぶ。ラザ、ゴロ、セラ、テオ、ミレイユ。

 「……ごめん。そして、ここで生きる」


 リスフェルは白ローブの胸元を整え、祈りの印をそっと結び直す。

 キオルは輪を傾け、薄い霧膜を生んで遺骸の下に台のように滑り込ませた。

 持ち上げず、引きずらず。霧に浮かべ、盆の縁へ置き直す。五つの静けさが、円の内側に重なった。


 掌を盆に置く。冷たさが皮膚の下まで入ってくる。承認の感触が手首を通り抜け、広間の空気が一段深く沈む。



 ――供儀、開始。

 ・霧葬:遺骸を霧へほどき、迷宮へ還元(苦痛:無)

 ・返還:遺品の返却は不可/意匠情報のみ保持

 ・主の同意:受領



 霧が立ち上がり、白布が水へ落ちるみたいに静かにほどけていく。

 輪郭は崩れず、線だけが薄くなる。指から、肩へ、胸へ、重さの記憶が沈む。

 リスフェルは目を閉じず、見ていた。怖いまま、見ていた。

 キオルは翼を半分だけ開き、低く保つ。見送りの姿勢だ。


 「ありがとう」――最後に声に出す。

 霧は円の底へ沈み、光の環だけが残った。環は拡がらず、ただ深くなっていく。


 同時に、壁の目地に通う淡い光の糸が一本増えた。

 回廊の“歩きやすさ”はそのままに、寄せ引きの指先がほんの少しだけ利く。

 石が新しい呼吸を覚え、迷宮そのものがかすかに伸びをしたようだった。



 ――供儀、完了。

 〈迷宮は静かに成長した〉

 〈招待〉新主会

 ・日程:1ヶ月後

 ・場所:指示に従え(当日、招待環が道を示す)

 ・同行:主+眷属最大二名

 ・規定:会場内交戦禁止


 〈授与〉招待環×1(主専用):期日に第一回廊へ脇門をひらく。

 〈特別報酬〉眷属:特別進化(対象:1体)



 光は輪となって僕の左手へ寄り、指輪でも刻印でもない薄い環として宿る。皮膚の下の影みたいに、ずっとそこにある。

 リスフェルが小さく息を吸った。「……新主会。行くんですね」

 「行く。会って、知るために」

 壁の奥から、祝祭の色がもう一枚、降りてきた。



 ――眷属:特別進化/対象を選べ。

 〈候補〉

 ・リスフェル(人型/近接)【保留】

 ・キオル(飛行/支援)【適正:高】



 「……キオルを」

 名を呼ぶと、キオルは小さく翼をひらき、輪を一度だけ光らせた。

 リスフェルは短くうなずく。言葉は添えない。ただ、横顔が少しだけ柔らかい。



 ――対象:キオル 進化先を選べ。

 A:〈氷羽の乙女〉(人型合成)……薄氷のヴェール翼/手先の精密冷却

 B:〈霧鱗の徒〉(人型合成)……霧密度の段階制御

 C:〈水脈の従〉(半人型)……足場の湿乾切替



 僕は迷いなく、Aに触れた。

 「〈氷羽の乙女〉」



 ――選択:A〈氷羽の乙女〉

 ――進化を開始する。主と眷属の同意を確認。



 光が、輪から零れた。

 キオルの体表に細かな霜の花が咲き、羽根一本一本が糸にほどける。

 糸は空中で織り直され、肩の後ろにレースみたいな薄氷のヴェールがふわりと生まれた。

 脚はすらりと伸び、膝下にうっすら鰭の名残。耳の位置には透き耳鰭が二枚、光を受けて微かに透ける。


 髪が降りてくる。

 根元は霜を溶かしたような銀白、中ほどから淡い氷青のグラデーション。一本一本が細く真っ直ぐで、指を入れるとさらりと流れる。

 額には自然に軽い前髪が落ち、こめかみから耳鰭へ沿う髪束が薄氷の縁取りを作る。後ろは肩甲骨のあたりでゆるく外へ跳ね、動くたび淡い青がきらりと揺れた。

 髪には霜の粒がごく小さく宿り、光を受けるたび星屑のように微かにきらめく。


顔立ちはやわらかい。


 頬は雪解け水みたいに透ける白で、うっすら血色が灯る。

 睫毛は長く、一本一本が凍て糸のようにくっきり。

 瞳は黒曜石の芯を残しつつ、周縁に薄い氷青の環。光を掬うたびリングが湖の波紋みたいに広がる。

 鼻筋はすっと通り、口元は小さな桜色。言葉の始まりにだけ、上唇の縁が細く光る。

 首筋は華奢で、鎖骨の谷間に淡い冷気がたまる。そこから胸元・肩へ薄氷のヴェールがやさしく覆い、肌の白さをほどよく隠した。


 衣は霧が仕立てる。

 淡い灰のワンピース。襟と袖口、裾に霜の縫い。

 かつての〈霜羽の輪〉は髪飾りになり、左のこめかみで涼しく揺れる。


 キオルは一歩、床に足を置いた。“きゅ”と鳴る。

 指先に薄い冷気の輪郭が宿り、膝を折って可愛らしく会釈した。

 初めての言葉は、雪解けみたいに澄んでいる。

 「拝命、主さま。ぼくは、主さまの翼として在ります。命じてください。……その、褒めてもらえると、ぼく、もっとがんばれます」

 「よく帰ってきてくれた。頼りにしてる」

 「っ……はいっ」

 耳鰭がぴくりと跳ね、睫毛が震える。臣下の礼を保ったまま、頬がふわりと色づく。

 声は澄んで、ほどよく甘い。語尾で息が少しだけ凍り、言葉の余韻が長く残った。



 ――進化、完了。

 キオル:〈氷羽の乙女〉(人型合成/支援)

 ・薄膜展開:1/日(範囲+小)

 ・手先の精密冷却/薄氷の点置き(短時間の踏み止め)

 ・新装:霜髪飾り


 報酬:同調率(主×キオル)+微(合図の精度↑)



 封鎖が解け、第一回廊の呼吸が戻る。

 リスフェルは〈綴じ外しの指輪〉をくるりと回し、キオルの袖口の縫い目を眺めた。

 「この“霜の縫い”、ほどけやすい方向と、ほどけにくい方向があります」

 キオルはちいさく会釈して、落ち着いた声で答える。

 「承知しました、主さま。ぼくが“ほどける向き”を示します。主さまの剣――リスフェル殿を、お支えします」

 「剣……! えへへ、がんばります」


 壁の光がひときわ明るくなり、締めの文字が落ちる。



 ――新主会しんしゅかい招待状:受理

 ・開催まで、あと30日

 ・場所:当日、招待環が道を示す

・同行:主+眷属最大二名

 ・規定:会場内交戦禁止



 「三十日。準備しよう」

 「拝命しました、主さま。ぼく、隣で全部支えます」キオルは即答し、袖をそっとつまんで僕の横に並ぶ。耳鰭が嬉しそうに震れた。

 リスフェルは頷き、〈ミストブレード〉を軽く掲げる。「私も、隣にいます」



 今日は人を捧げ、迷宮は静かに成長し、新主会の招待状が届いた。

 そして――キオルは可憐な“ぼくっ子”の臣下になって、同じ冷たさで隣に立っている。


 選ばなければ、誰も来ない。

 だからこそ、選ぶ日に備える。

 ――一ヶ月後、僕はそこへ行く。

 リスフェルと、キオルと、三人で。

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