21話【凍羽の核】-イベント
霧は薄い。昨日よりも歩きやすい。
先日報酬で手に入れた、肩に装備している〈霧織りのショル〉は、触れている部分だけほのかに温かく、性能を調べるためリスフェルから預かった胸の前で抱えた〈ミストブレード〉は、まだ心もとない軽さをしている。
キオルは僕の頭上を一度だけ旋回し、翼の先で細い白を引いた。凍りの粉が光に溶けて消える。
「……今日も、選ぶんですよね。」
リスフェルが小さく息を整える。長いまつ毛が震え、灰青の瞳がこちらを探す。
「うん。いつも通り。選んで、進もう。」
「はい。」彼女は僕の袖をちょんと摘み、すぐに離した。
壁がやわらかく明滅し、空気の上に文字がのぼる。
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――きょうの行いを選べ。
① 高級戦闘:出現階域を拡張。危険度:高/報酬:上質。
② イベント:反応点【凍羽の核】へ誘導。未知の機構。
③ 休息:眷属と装備の馴染みを促す。小回復・微強化。
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キオルがふわりと降り、翼の先で②の文字をなぞった。霧の上に冷たい筋が残る。
リスフェルが目を丸くする。「……キオル、行きたいの?」
キオルは短く首を振り(否定ではなく、ためらいのない“了解”の仕草に見えた)、すぐに通路の奥を向いた。
「②にしよう。」
「はい。」リスフェルは胸で〈ミストブレード〉を抱え、こくんとうなずく。「キオルがいるなら、怖いの、半分くらいになります。」
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――選択を確認。
――② イベント【凍羽の核】、開始。
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霧が流れ、床の石が白く乾いていく。通路は緩やかな上り。やがて前方に半透明の天井が現れ、薄いドームの中は冬のように澄んでいた。
中央に、氷の台座が三つ。高さは胸ほど。それぞれの上に、細い溝と浅い窪みが組み合わされた“模様”がある。
キオルが無言で前に出る。爪先で台座の縁を軽く叩くと、窪みに冷光が灯った。
リスフェルがそっと袖を引く。「……仕組み、わかるの?」
答えの代わりに、キオルは翼で床を掃き、白い霜の線を三つの台座へ引いた。円/矢/膜――そんな印象の形。
「円は『守る』、矢は『進む』、膜は『繋ぐ』……かな。」
「……ウタヤさん、今の、ちょっと好きです。」
「たぶん当てずっぽうだよ。」
「でも、合ってる気がします。」
台座の溝はどこも髪の毛ほどの幅しかない。〈ミストブレード〉の薄さが活きる。
「リスフェル、刃を“置く”だけでいい。押さない。縫うみたいに。」
「はい……やってみます。」
彼女は肩を落として呼吸を整え、膜の台座へ刃をあてがった。
〈ミストブレード〉は紙を裂くみたいに静かに滑る。浅い溝を、震える手が確かめるようになぞっていく。
刃が最後の角を越えた瞬間、台座の中に淡い光が満ちた。
「……できた。」
「上手い。」
リスフェルがほっと肩を落とす。「薄いから、怖いけど……ちゃんと入りますね、この剣。」
「薄いから、届くんだと思う。」
「次は矢、ぼくがやる。キオル、円を。」
キオルは返事の代わりに翼をぐっと広げ、爪の先で氷の表側を軽くなぞる。触れたところから微細な霜が走り、欠けた線が自然に“補われて”ゆく。
僕は矢の溝へ刃先を落とし、最短で中心へ繋ぐ。
ぱちり、と三つの光が揃った。
ドームの上部で氷が薄くほどけ、中央に小さな輪が降りてくる。
輪は金属ではない。凍りを編んだような、軽い白。内側に羽の筋目があり、キオルのそれとよく似ていた。
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> 【イベント報酬】
> ・眷属装飾:〈霜羽の輪〉(キオル専用:一時的な防護膜を1日1回展開)
> ・装備同期:〈ミストブレード〉に微かな霜縁(薄切り性能+小)
> ・進行路:凍羽回廊、解放
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リスフェルが歓声を飲み込み、小さく跳ねる。「キオルの……だよね?」
キオルは輪にくちばしを触れてから、僕の手元へ押し返してきた。
「……いいの?」
キオルは一度だけ瞬きをし、右の翼を差し出す。装着を促している。
「じゃあ、私が。」
リスフェルがそっと輪を取り、キオルの細い骨の根元へ通す。羽がわずかに逆立ち、輪はぴたりと収まった。
次の瞬間、キオルの翼の縁に薄い膜が走る。見えない“皮膜”が一枚、羽の外に生まれたような感覚。
リスフェルが目を細める。「……守ってくれるんだ。」
僕は頷く。「たぶん、ぼくらの前に立つ時に自動で展開される。」
キオルは控えめに翼をひと振りし、輪にそっと頭を擦り寄せた。喜び方まで、無口だ。
「ミストブレードも、少しだけ縁が白いです。」
リスフェルが刃先を持ち上げる。
半透明の縁にほのかな霜の帯がつき、紙の耳みたいに薄い影が走っていた。
「切り込みが、もっと楽になるはず。」
「わぁ……今日だけでも、嬉しいです。」
ドームの奥、氷の壁が細く開く。
案内の文字がそれを指した。
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――イベント【凍羽の核】完了。
――装飾〈霜羽の輪〉をキオルに自動適用。
――同期:〈ミストブレード〉霜縁(本日中)。
――進行路:凍羽回廊、危険度:中。
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回廊は細く、白い。見るからに滑る床。
「……高級戦闘まで行かなくても、けっこう怖いかも。」
「うん。慎重に行こう。滑る場所は“押し合わない”。」
「押しません! ……たぶん。」
「たぶん、は禁止。」
「は、はい。」
最初の分岐まで、キオルが先導した。翼の先で床の“凍りの厚み”を確かめ、危ない斑点を避けさせる。
途中で天井から氷の糸が垂れ、リスフェルの肩へ伸びた。反応が速い。けれど恐怖の“速さ”だ。身体が先にすくむ。
キオルが輪から膜を一枚ひらき、糸を弾く。膜は糸を受けたところだけ霧の粒になって散り、すぐに再接着した。
「……今の、助かりました。」
キオルは短くうなずき、再び先へ。
「リスフェル、刃を縫い目に戻して。糸は“根で切る”。」
「はい……!」
〈ミストブレード〉の霜縁が生きる。糸の根本――天井の薄皮を、力をかけずに剥がすように切れる。緊張の汗より先に、呼吸が落ち着いていった。
回廊の末、白い踊り場。
丸い足場を取り囲むように、透明の殻が並ぶ。
内側には、さっき倒した《クラックル》に似た形が見えるが、色は乳白。眠っている、というより“まだ始まっていない”。
嫌な予感は、だいたい当たる。
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――保護殻×8 起動条件:温触×2/冷触×1
――処理:殻の縫い目を切断(低騒擾)/殻面破砕(高騒擾)
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「……縫い目にしましょう。」
「うん。騒ぎたくはない。」
「キオル、冷たいの一回、貸して。」
キオルが翼で足場を撫で、薄い霜を一枚、殻の縁へ残す。
「リスフェル、温かいの二回は“手”でいける。外套が助けてくれる。」
「やってみます。」
温/温/冷――条件が揃った殻から、ひびが静かに走る。
〈ミストブレード〉で縫い目をなぞるだけで、殻は音もなく“眠ったまま”割れる。
中身は動かない。クラックルの“前”の形はただの素材だ。
八つ、同じ手順で処理する。
最後の一つだけ、縫い目が浅く、刃がひっかかった。
手を強くすると折れる薄さ――昨日から何度も“学んだ”力加減だ。リスフェルは刃を少し寝かせ、紙の耳をめくるみたいに優しく扱った。
殻は静かに割れ、中身は崩れて薄い粉になった。
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> 【処理完了】
> ・素材:〈未成殻の粉〉×3(キオルの冷気と相性:良)
> ・副報酬:〈霧織りの糸〉×1(外套の縁取り:小幅強化)
> ・ボーナス:低騒擾処理×8 → 隠し報酬抽選……成功
> → 〈小箱:凍羽の留め金〉
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「……やった。」リスフェルが小さくガッツポーズをする。「静かに片付けるの、得意かもしれません。」
「君の刃と手が合ってる。」
「ふふ。褒められました。」
小箱を開くと、羽根形の留め金が一つだけ収まっていた。〈霧織りのショル〉の端に付けると、外套が肩に沿ってぴたりと落ち着く。
リスフェルが肩を回し、驚いた顔をした。「ずれない。すごい。」
「今日の収穫だね。」
キオルは粉を一つ、くちばしで拾い、翼の縁に擦り付けた。霜が少し濃くなる。自分で“手入れ”をしているのだろう。
帰り道、回廊の白が淡く和らぎ、足が速くなる。
イベントの終わりを告げる通知が、視界の端にそっと差し込まれた。
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――イベント【凍羽の核】終了。
――本日の成果
・キオル:〈霜羽の輪〉(防護膜:1/日)
・リスフェル:〈ミストブレード〉霜縁(本日限定)
・装備:〈霧織りのショル〉留め金で固定強化
・素材:〈未成殻の粉〉×3/〈霧織りの糸〉×1
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「……こういう日、好きです。」
リスフェルが外套の端を指で摘まみ、くるりと回る。灰青の瞳がやわらいで、銀灰の髪が霧の光を掬う。
「戦うだけじゃない“強さ”が増えるの、落ち着きます。」
「うん。準備で勝つ戦いもある。」
キオルが僕らの間をすり抜け、先に広場へ飛び出した。輪が微かに光り、翼の縁の膜が“健康”を告げている。
壁が呼吸を取り戻し、次の画面が浮かぶ。
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――あしたの行いを選べ。
① 高級戦闘:危険度:高/報酬:上質(キオルの防護膜:未使用→持越し不可)
② 通常戦闘:危険度:中/報酬:標準(霜縁:本日中のみ)
③ 休息:装備馴染みと素材組み合わせ(〈未成殻の粉〉×〈霧織りの糸〉:小加工)
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リスフェルが僕を見る。「……②なら、霜の縁が生かせます。」
キオルは一度だけ高く舞い、①の上をかすめて降りた。輪が小さく明滅する。守る準備はできている、の合図に見えた。
「明日のことは、朝の“手”で決めよう。」
「……はい。」リスフェルは〈ミストブレード〉の縁を指でなぞり、ささやく。「今日の分、ちゃんと使いたいです。」
僕は頷き、二人――いや、一人と一羽を見渡した。
小さな外套、小さな刃、小さな輪。
それでも、確かに重なり、前へ押し出してくれる。
「おやすみ、リスフェル。キオル。」
リスフェルは刃を胸に、キオルは翼を丸め、それぞれの“寝息の代わり”に静けさを広げた。
霧は穏やかに流れ、今日が閉じる。
僕たちは、また“明日選ぶための力”を、ちゃんと持って眠った。




