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ダンジョン日記  作者: アイデア
第0章 新生ダンジョンの主「原初の3人」
21/24

21話【凍羽の核】-イベント

 霧は薄い。昨日よりも歩きやすい。

 先日報酬で手に入れた、肩に装備している〈霧織りのショル〉は、触れている部分だけほのかに温かく、性能を調べるためリスフェルから預かった胸の前で抱えた〈ミストブレード〉は、まだ心もとない軽さをしている。

 キオルは僕の頭上を一度だけ旋回し、翼の先で細い白を引いた。凍りの粉が光に溶けて消える。


 「……今日も、選ぶんですよね。」

 リスフェルが小さく息を整える。長いまつ毛が震え、灰青の瞳がこちらを探す。

 「うん。いつも通り。選んで、進もう。」

 「はい。」彼女は僕の袖をちょんと摘み、すぐに離した。


 壁がやわらかく明滅し、空気の上に文字がのぼる。



 ――きょうの行いを選べ。

 ① 高級戦闘:出現階域を拡張。危険度:高/報酬:上質。

 ② イベント:反応点【凍羽の核】へ誘導。未知の機構。

 ③ 休息:眷属と装備の馴染みを促す。小回復・微強化。



 キオルがふわりと降り、翼の先で②の文字をなぞった。霧の上に冷たい筋が残る。

 リスフェルが目を丸くする。「……キオル、行きたいの?」

 キオルは短く首を振り(否定ではなく、ためらいのない“了解”の仕草に見えた)、すぐに通路の奥を向いた。

 「②にしよう。」

 「はい。」リスフェルは胸で〈ミストブレード〉を抱え、こくんとうなずく。「キオルがいるなら、怖いの、半分くらいになります。」



 ――選択を確認。

 ――② イベント【凍羽の核】、開始。



 霧が流れ、床の石が白く乾いていく。通路は緩やかな上り。やがて前方に半透明の天井が現れ、薄いドームの中は冬のように澄んでいた。

 中央に、氷の台座が三つ。高さは胸ほど。それぞれの上に、細い溝と浅い窪みが組み合わされた“模様”がある。


 キオルが無言で前に出る。爪先で台座の縁を軽く叩くと、窪みに冷光が灯った。

 リスフェルがそっと袖を引く。「……仕組み、わかるの?」

 答えの代わりに、キオルは翼で床を掃き、白い霜の線を三つの台座へ引いた。円/矢/膜――そんな印象の形。

 「円は『守る』、矢は『進む』、膜は『繋ぐ』……かな。」

 「……ウタヤさん、今の、ちょっと好きです。」

 「たぶん当てずっぽうだよ。」

 「でも、合ってる気がします。」


 台座の溝はどこも髪の毛ほどの幅しかない。〈ミストブレード〉の薄さが活きる。

 「リスフェル、刃を“置く”だけでいい。押さない。縫うみたいに。」

 「はい……やってみます。」


 彼女は肩を落として呼吸を整え、膜の台座へ刃をあてがった。

 〈ミストブレード〉は紙を裂くみたいに静かに滑る。浅い溝を、震える手が確かめるようになぞっていく。

 刃が最後の角を越えた瞬間、台座の中に淡い光が満ちた。


 「……できた。」

 「上手い。」

 リスフェルがほっと肩を落とす。「薄いから、怖いけど……ちゃんと入りますね、この剣。」

 「薄いから、届くんだと思う。」


 「次は矢、ぼくがやる。キオル、円を。」

 キオルは返事の代わりに翼をぐっと広げ、爪の先で氷の表側を軽くなぞる。触れたところから微細な霜が走り、欠けた線が自然に“補われて”ゆく。

 僕は矢の溝へ刃先を落とし、最短で中心へ繋ぐ。


 ぱちり、と三つの光が揃った。


 ドームの上部で氷が薄くほどけ、中央に小さな輪が降りてくる。

 輪は金属ではない。凍りを編んだような、軽い白。内側に羽の筋目があり、キオルのそれとよく似ていた。



 > 【イベント報酬】

 > ・眷属装飾:〈霜羽の輪〉(キオル専用:一時的な防護膜を1日1回展開)

 > ・装備同期:〈ミストブレード〉に微かな霜縁(薄切り性能+小)

 > ・進行路:凍羽回廊、解放



 リスフェルが歓声を飲み込み、小さく跳ねる。「キオルの……だよね?」

 キオルは輪にくちばしを触れてから、僕の手元へ押し返してきた。

 「……いいの?」

 キオルは一度だけ瞬きをし、右の翼を差し出す。装着を促している。

 「じゃあ、私が。」

 リスフェルがそっと輪を取り、キオルの細い骨の根元へ通す。羽がわずかに逆立ち、輪はぴたりと収まった。

 次の瞬間、キオルの翼の縁に薄い膜が走る。見えない“皮膜”が一枚、羽の外に生まれたような感覚。

 リスフェルが目を細める。「……守ってくれるんだ。」

 僕は頷く。「たぶん、ぼくらの前に立つ時に自動で展開される。」

 キオルは控えめに翼をひと振りし、輪にそっと頭を擦り寄せた。喜び方まで、無口だ。


 「ミストブレードも、少しだけ縁が白いです。」

 リスフェルが刃先を持ち上げる。

 半透明の縁にほのかな霜の帯がつき、紙の耳みたいに薄い影が走っていた。

 「切り込みが、もっと楽になるはず。」

「わぁ……今日だけでも、嬉しいです。」


 ドームの奥、氷の壁が細く開く。

 案内の文字がそれを指した。



 ――イベント【凍羽の核】完了。

 ――装飾〈霜羽の輪〉をキオルに自動適用。

 ――同期:〈ミストブレード〉霜縁(本日中)。

 ――進行路:凍羽回廊、危険度:中。



 回廊は細く、白い。見るからに滑る床。

 「……高級戦闘まで行かなくても、けっこう怖いかも。」

 「うん。慎重に行こう。滑る場所は“押し合わない”。」

 「押しません! ……たぶん。」

 「たぶん、は禁止。」

 「は、はい。」


 最初の分岐まで、キオルが先導した。翼の先で床の“凍りの厚み”を確かめ、危ない斑点を避けさせる。

 途中で天井から氷の糸が垂れ、リスフェルの肩へ伸びた。反応が速い。けれど恐怖の“速さ”だ。身体が先にすくむ。

 キオルが輪から膜を一枚ひらき、糸を弾く。膜は糸を受けたところだけ霧の粒になって散り、すぐに再接着した。

 「……今の、助かりました。」

 キオルは短くうなずき、再び先へ。

 「リスフェル、刃を縫い目に戻して。糸は“根で切る”。」

 「はい……!」

 〈ミストブレード〉の霜縁が生きる。糸の根本――天井の薄皮を、力をかけずに剥がすように切れる。緊張の汗より先に、呼吸が落ち着いていった。


 回廊の末、白い踊り場。

 丸い足場を取り囲むように、透明の殻が並ぶ。

 内側には、さっき倒した《クラックル》に似た形が見えるが、色は乳白。眠っている、というより“まだ始まっていない”。

 嫌な予感は、だいたい当たる。



 ――保護殻×8 起動条件:温触×2/冷触×1

 ――処理:殻の縫い目を切断(低騒擾)/殻面破砕(高騒擾)



 「……縫い目にしましょう。」

 「うん。騒ぎたくはない。」

 「キオル、冷たいの一回、貸して。」

 キオルが翼で足場を撫で、薄い霜を一枚、殻の縁へ残す。

 「リスフェル、温かいの二回は“手”でいける。外套が助けてくれる。」

 「やってみます。」


 温/温/冷――条件が揃った殻から、ひびが静かに走る。

 〈ミストブレード〉で縫い目をなぞるだけで、殻は音もなく“眠ったまま”割れる。

 中身は動かない。クラックルの“前”の形はただの素材だ。

 八つ、同じ手順で処理する。

 最後の一つだけ、縫い目が浅く、刃がひっかかった。

 手を強くすると折れる薄さ――昨日から何度も“学んだ”力加減だ。リスフェルは刃を少し寝かせ、紙の耳をめくるみたいに優しく扱った。

 殻は静かに割れ、中身は崩れて薄い粉になった。



 > 【処理完了】

 > ・素材:〈未成殻の粉〉×3(キオルの冷気と相性:良)

 > ・副報酬:〈霧織りの糸〉×1(外套の縁取り:小幅強化)

 > ・ボーナス:低騒擾処理×8 → 隠し報酬抽選……成功

 >  → 〈小箱:凍羽の留め金〉



 「……やった。」リスフェルが小さくガッツポーズをする。「静かに片付けるの、得意かもしれません。」

「君の刃と手が合ってる。」

「ふふ。褒められました。」

 小箱を開くと、羽根形の留め金が一つだけ収まっていた。〈霧織りのショル〉の端に付けると、外套が肩に沿ってぴたりと落ち着く。

 リスフェルが肩を回し、驚いた顔をした。「ずれない。すごい。」

 「今日の収穫だね。」

 キオルは粉を一つ、くちばしで拾い、翼の縁に擦り付けた。霜が少し濃くなる。自分で“手入れ”をしているのだろう。


 帰り道、回廊の白が淡く和らぎ、足が速くなる。

 イベントの終わりを告げる通知が、視界の端にそっと差し込まれた。



 ――イベント【凍羽の核】終了。

 ――本日の成果

 ・キオル:〈霜羽の輪〉(防護膜:1/日)

 ・リスフェル:〈ミストブレード〉霜縁(本日限定)

 ・装備:〈霧織りのショル〉留め金で固定強化

 ・素材:〈未成殻の粉〉×3/〈霧織りの糸〉×1



 「……こういう日、好きです。」

 リスフェルが外套の端を指で摘まみ、くるりと回る。灰青の瞳がやわらいで、銀灰の髪が霧の光を掬う。

 「戦うだけじゃない“強さ”が増えるの、落ち着きます。」

 「うん。準備で勝つ戦いもある。」

 キオルが僕らの間をすり抜け、先に広場へ飛び出した。輪が微かに光り、翼の縁の膜が“健康”を告げている。


 壁が呼吸を取り戻し、次の画面が浮かぶ。



 ――あしたの行いを選べ。

 ① 高級戦闘:危険度:高/報酬:上質(キオルの防護膜:未使用→持越し不可)

 ② 通常戦闘:危険度:中/報酬:標準(霜縁:本日中のみ)

 ③ 休息:装備馴染みと素材組み合わせ(〈未成殻の粉〉×〈霧織りの糸〉:小加工)



 リスフェルが僕を見る。「……②なら、霜の縁が生かせます。」

 キオルは一度だけ高く舞い、①の上をかすめて降りた。輪が小さく明滅する。守る準備はできている、の合図に見えた。

 「明日のことは、朝の“手”で決めよう。」

 「……はい。」リスフェルは〈ミストブレード〉の縁を指でなぞり、ささやく。「今日の分、ちゃんと使いたいです。」


 僕は頷き、二人――いや、一人と一羽を見渡した。

 小さな外套、小さな刃、小さな輪。

 それでも、確かに重なり、前へ押し出してくれる。


 「おやすみ、リスフェル。キオル。」

 リスフェルは刃を胸に、キオルは翼を丸め、それぞれの“寝息の代わり”に静けさを広げた。

 霧は穏やかに流れ、今日が閉じる。

 僕たちは、また“明日選ぶための力”を、ちゃんと持って眠った。

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