第15話 探索
目を覚ますと、霧が薄れていた。
昨日までの血の匂いはまだ残っているが、どこか遠い。
代わりに、湿った苔と土の匂いがした。
空気が変わった。
迷宮が、息を吸っているようだった。
壁の苔が青白く光り、通路の奥へと導くように揺れている。
昨日まで閉ざされていた扉が、静かに開かれていた。
その向こうに、淡く広がる青い光。
――次の行いを選べ。
① 通常戦闘
② イベント
③ 探索
光は静かだった。
赤く脈打つことも、威圧するような拍もない。
今の迷宮は、まるで「進め」と言っているようだった。
「……③、探索。」
声が空気に溶ける。
霧が薄く散り、通路の壁が音もなく動き出した。
やがて、三つの道が姿を現した。
左は湿った風。中央は穏やかで、右は冷たい。
迷宮は、僕に選択を求めている。
どの拍を辿るか――それもまた、試練の一つだ。
⸻
まずは中央の通路へと足を向けた。
壁は滑らかで、ところどころに円形の文様が刻まれている。
踏み込むと、足元の模様が光を放った。
青い筋が走り、空気がかすかに震える。
「……ここは“第一回廊”ってところか。」
口にした言葉が石壁に吸い込まれ、微かに反響した。
キオルが肩の上で羽を震わせ、冷たい霧を吐く。
霧が文様に触れ、光が一層強まった。
――探索反応:記録領域。
瞬間、視界が歪んだ。
空気が裂け、過去の断片が浮かび上がる。
知らない人間が立っていた。
影に覆われた顔、古い装備、背には割れた盾。
仲間と何かを話している。
「……ここで“核心”を見つけた奴は、皆……」
音が途切れ、光が弾けて消えた。
空気が少し重くなる。
迷宮の“記憶”だ。
キオルの羽が静かに震えた。
壁の拍が、それに応えるように一度だけ脈を打つ。
――報酬:記録断片(古)×1
⸻
第一回廊を抜け、次に左の通路へ進む。
湿った風が流れ、空気の密度が高くなる。
眷属たちが鼻を鳴らし、匂いを嗅ぐ。
霧の奥で何かが“呼吸”していた。
「……第二回廊、か。」
壁際に、蔓のような植物が生えていた。
迷宮の中に植物――それだけで異様だった。
蔓の根元には、薄青く光る果実のような塊。
近づくと、微かな甘い匂いがした。
掌で触れると、温かい。
柔らかく、まるで心臓の鼓動のように脈打っていた。
――探索報酬:治癒種の果実×2
果実が光に変わり、キオルの羽に吸い込まれる。
翼の色が少し濃くなり、空気が柔らかくなる。
「……こうして、支えてくれるのか。」
キオルは無言。
だが、羽の先がわずかに揺れた。
それだけで十分だった。
⸻
最後に右の道へ向かう。
冷気が強く、吐息が白く散る。
指先が痺れ、壁が薄く凍っていた。
「……ここが第三回廊、か。」
足元には氷の鉱石が散らばっている。
中には淡く脈打つ光。
キオルがそれを見つけ、静かに舞い降りた。
羽を広げ、氷に触れる。
冷気と冷気が混ざり合い、
青い閃光が走った。
――眷属反応を検知。
――同調精度上昇。
キオルの羽が薄く輝く。
空気が落ち着き、氷の鉱石が一つ、地面から浮き上がった。
――探索報酬:氷核鉱(小)×2
手に取ると、冷たさが腕を通って心臓まで届く。
だが痛みはない。
ただ、静かで、澄んでいた。
⸻
三つの通路を抜けると、
すべての拍がひとつに集まる空間に出た。
天井は高く、光が漂う。
壁は滑らかで、水面のように波打っていた。
足を踏み出すたびに、青い光が残り、
それが迷宮の鼓動と同じリズムで揺れている。
「……ここが中心部か。」
中央には金属の台座。
その上に、三つの小さな結晶が浮かんでいた。
光が柔らかく瞬き、呼吸をするように膨らむ。
触れると、微かに温かい。
――探索報酬:精核の欠片(小)×2
――探索報酬:迷宮石板(未知)×1
――探索報酬:黒鉄の刃(旧式)×1
黒鉄の刃は重かった。
けれど手に馴染む。
刃の根元には古い文字。
“生き延びろ”――それだけ。
「……ずいぶん直接的だな。」
キオルが短く羽を震わせた。
冷たい霧が周囲を包む。
⸻
――探索完了。
――区画拡張。
――拍の安定を確認。
霧が流れ込み、空洞を満たす。
キオルが肩に戻り、羽を畳む。
眷属たちは静かに伏せ、呼吸を整えている。
壁の光が柔らかく明滅する。
まるで迷宮が「記録している」かのようだった。
「……生きて帰れた。」
呟くと、足元の石が一度だけ脈を打った。
返事のように、静かに。
その音を聞きながら剣を下ろした。
疲労は深く、瞼が重い。
だが、心の奥に小さな高揚が残っていた。
未知を歩いたという確かな感覚。
迷宮の奥で、初めて“前へ進めた”という実感。
「……今日はここまでだ。」
肩の上でキオルが羽を休める。
拍の静けさが、まるで眠りを誘うように優しかった。
⸻
――次の行いを選べ。
① 通常戦闘
② イベント
③ 休息
青い光が穏やかに瞬く。
血の色は、もうどこにもない。
「……③、休息。」
目を閉じる。
霧の向こうで、迷宮の拍が静かに鳴っていた。
⸻
探索結果
•記録断片(古)×1
•治癒種の果実×2
•氷核鉱(小)×2
•精核の欠片(小)×2
•迷宮石板(未知)×1
•黒鉄の刃(旧式)×1
•拡張区画名:「拍の回廊」




