第14話 拍の静寂
迷宮が静かになった。
霧は引き、血と灰の匂いだけが残っている。
連戦を終えた体は鉛のように重く、
肩の上でキオルの羽がゆっくりと震えていた。
「……終わったのか。」
声が自分のものとは思えないほど掠れている。
足元には、さっきまで敵だったものの欠片が散っていた。
その間に、影が――十二。
灰色の毛並みをした獣たちが、霧の底から現れた。
牙を持ち、背は低く、動きは静か。
けれど、どこか“整って”いる。
全員が同じ呼吸、同じ拍で動いていた。
――眷属登録:十二体。
その声と同時に、胸の奥で何かが繋がった。
まるで、自分の鼓動が十二に分かれ、
それぞれの体の中で打ち始めたような感覚。
「……これが、眷属……。」
言葉にしても実感がなかった。
彼らは僕を見る。
でも、意思の色はない。
ただ“命令を待つ”瞳。
キオルが翼を閉じ、僕の傍らに降りる。
その羽の先が震えている。
疲れているのは、僕だけじゃなかった。
「……お前も限界か。」
キオルは短く鳴き、目を閉じた。
その仕草が、どこか人間めいて見えて、
僕は息を飲んだ。
⸻
――拍の安定を確認。
――主の権限を拡張。
――命令権を付与します。
頭の中に、淡い声が響いた。
直後、眷属たちの目が一斉に光る。
呼吸が揃い、空気が震えた。
「……命令、か。」
試しに思考した。
“休め”――それだけを。
十二体が同時に伏せた。
反応は、あまりにも速い。
考える間もなく動く。
迷宮と僕の拍が、彼らを通して完全に同期していた。
息が詰まる。
戦いで感じた興奮とは違う。
もっと冷たく、静かな感情が胸を締めつけた。
「これが……支配。」
口にした瞬間、
心臓の奥で小さく脈が跳ねた。
⸻
時間の感覚が曖昧になっていた。
壁の光が弱まり、迷宮が夜を迎えているのが分かる。
僕は壁際に座り込み、剣を横に置いた。
キオルが近くに丸まり、羽を休める。
眷属たちは輪になって周囲を囲んでいた。
その様子は、奇妙な安心感を与えた。
敵ではない。
けれど、仲間とも違う。
呼吸のリズムが同じなのに、
“生きている”という気配だけが別のもののようだった。
「……俺は、何を作ってるんだろうな。」
呟いても、返事はない。
代わりに、キオルの羽音だけがかすかに響いた。
迷宮の奥からは、静かな拍動。
生き物の心臓のように、一定のリズムを刻んでいた。
その音を聞きながら、僕はゆっくり目を閉じた。
眠気ではなく、重さに沈むように。
⸻
次に目を開けたとき、空気が変わっていた。
壁の苔が薄い青を灯し、風が通っている。
眷属たちは静かに佇み、
通路の奥には新しい扉が生まれていた。
扉の中央に、光る紋章。
それは、見覚えのある形――剣の刃先に似ている。
――次の行いを選べ。
① 通常戦闘
② イベント
③ 休息
青白い拍が、淡く脈打つ。
昨日のような赤はない。
迷宮が、少しだけ落ち着いている。
「……③、休息。」
言葉にすると、通路が閉じた。
そして、静寂が戻る。
霧の奥で、十二の眷属が静かに息をしていた。
⸻
血の匂いはまだ消えない。
けれど、その中で確かに、
何かが始まっていた。




