表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ダンジョン日記  作者: アイデア
第0章 新生ダンジョンの主「原初の3人」
14/24

第13話 連戦

調律の間の空気は冷たく澄んでいた。

 癒やしの座で羽をすぼめるキオルの呼吸は安定している。

 昨日、融合によって生まれた新たな眷属。

 その温もりは確かに“生きている”。

 けれど――その静けさが、逆に不気味でもあった。


 迷宮は、今も僕を見ている。


 ――きょうの行いを選べ。

 ① 通常戦闘

 ② イベント

 ③ 休息


 提示された選択肢のうち、

 ①「通常戦闘」だけが、赤く脈動していた。


 血潮のような光。

 迷宮の壁が、その赤を反射して揺れている。

 他の選択肢は淡く霞み、もはや触れることさえできなかった。


 「……選ばせる気、ないな。」


 指を伸ばし、赤い光に触れる。

 瞬間、視界が反転した。

 空気が歪み、床が沈み、重力が傾く。


 ――選択、確認。

 ――通常戦闘、特別演算ルートを起動。


 冷たい声とともに、世界が一度、赤く染まった。



一戦目


 霧の層を抜けると、湿った岩肌の通路が現れた。

 壁の苔が赤みを帯び、淡く光っている。

 足音が低く響き、奥からざらついた音が返ってきた。


 「……来るな。」


 足元の石が膨らみ、亀裂が走る。

 そこから小さな灰色の甲殻が湧き出した。

 手のひらほどのサイズで、鱗のような板が何層にも重なる。

 体液の匂いは、鉄と腐土の混ざったような重さ。


 灰殻ウロコムシ。


 数は二十を超えていた。

 動きは鈍いが、群れで迫られると視界が埋まる。

 キオルが静かに羽を開き、薄い冷気の幕を展開。

 それが霧を凍らせ、敵の脚を鈍らせた。


 僕は骨鳴りの剣を抜き、前へ踏み出す。


 最初の一撃で、刃が殻を弾いた。

 指先まで痺れるような抵抗。

 腕を引き、もう一度振り抜く。

 甲殻が砕け、飛び散った破片が頬を掠めた。


 踏み込みながら横薙ぎ。

 手首の関節が軋む。

 刃が一匹の腹を裂き、灰色の液体が飛び散る。

 鉄の匂いと蒸気。

 キオルが小さく鳴いた瞬間、冷気が爆ぜた。


 群れが凍る。

 その間に一歩、二歩。

 動ける個体を片端から叩き潰した。


 やがて静寂。

 床に残るのは粉々の殻と、冷気に覆われた薄い膜。


 ――報酬:灰殻結晶(小)×3

 ――連戦を開始します。拍を維持してください。


「……は? 連戦?」


 床が沈む。

 出口が閉じ、通路が変形する。

 熱が混ざった風が吹き込む。


 キオルの目が赤く光った。

 警戒。迷宮が、何かを試している。


「……そう来るか。」



二戦目


 壁一面に、黒い影が張り付いていた。

 翅の震える音。

 次の瞬間、空間が裂けるように羽音が響いた。


 骨喰いバエ。


 数えきれない。

 視界いっぱいに黒い点が舞う。

 体は親指ほど、頭部に牙、尾に針。

 音よりも先に、皮膚が“感じる”。


「下がれ、キオル!」


 キオルが冷気を吐き、光の膜を張る。

 だが押し寄せる群れは、膜を突破して襟元へ入り込んできた。

 首筋を走る冷たい痛み。

 牙だ。食われている。


「ッ……!」


 手で掴み、床へ叩きつける。

 指に体液が絡みつき、焦げた臭気が立ち込めた。

 キオルの光が一瞬だけ強く輝き、

 周囲の空気を凍らせる。


 薄氷が翅を絡め、床に叩きつけられた群れが砕ける。

 その隙に斬る。斬る。斬る。

 腕の筋が痙攣し、呼吸が焼けた。


 数十匹を倒した頃には、

 すでに息をするたび喉が痛む。

 冷気が薄れ、キオルの翼がわずかに焦げている。


「持つか……」


 剣を握り直し、

 最後の群れが突っ込んできた瞬間、

 キオルが羽ばたいた。


 白光が爆ぜ、空気ごと凍る。

 翅が砕け、灰が舞う。

 あたりは静かになった。


 ――報酬:骨粉結晶(小)×2

 ――連戦 継続。退路封鎖。


「……またか。」


 通路の奥で、低い唸りが響いた。

 壁が呼吸している。

 熱気とともに、鉄を焼くような匂いが迫ってくる。


 キオルが肩に戻り、震える羽音を立てた。

 目は疲れている。

 でも逃げない。


「……行くぞ。」



三戦目


 通路が崩れ落ち、開けた空間に出た。

 そこは、まるで迷宮の“胃”のようだった。

 石壁が脈打ち、天井から黒い液体が滴り落ちる。

 足元には無数の骨。

 全て、ここで喰われたものだ。


 中央にいた。


 白腕鬼。


 人のようで人でない。

 体長は三メートル。

 手足が異様に長く、皮膚は白く濡れたように光る。

 指の先が刃になっており、

 動くたびに空気が裂ける音がした。


 その顔には、何もなかった。

 眼も口も、ただ滑らかな面。

 それなのに――僕は見られていると感じた。


「……来い。」


 最初の一撃は早かった。

 白い腕が地を薙ぎ、風圧で髪が乱れる。

 避けたつもりでも、肩口が裂けた。

 熱い。

 血の匂いが、空気を赤く染める。


 キオルが叫ぶ。

 光の幕が間に割り込む。

 腕と光がぶつかり、火花のような粒が散った。


 「……ッ!」

 僕は踏み込む。

 足が重い。

 剣を突き出し、腕の関節を狙う。


 当たった。

 だが斬れない。

 硬い。

 まるで鉄を叩いているようだ。


 キオルが後方で翼を震わせ、

 冷気を通して僕の背を押す。

 空気が鋭く、血の匂いが薄れる。

 その瞬間、白腕鬼の腕がわずかに止まった。


 「――今だ!」


 渾身の力で斬り下ろす。

 刃が骨を断ち、白い腕が床に転がる。

 液体が飛び散り、足を焼く。

 腐食だ。靴底が溶け、皮膚が焦げる。


 「うっ……!」

 痛みに歯を食いしばり、跳び退く。

 息が荒い。

 視界が赤く染まる。


 だが止まらない。

 止まれば、終わる。


 キオルが飛び、白腕鬼の頭上に舞う。

 光の線が幾筋も走り、敵の肩を撃つ。

 動きが鈍る。


 僕は最後の一歩を踏み出した。

 剣を振り抜く。

 刃が胴を裂き、骨を砕く。


 白腕鬼が、音もなく崩れた。


 沈黙。

 呼吸だけが響く。

 空気が重く、時間が止まったようだった。


 ――報酬:試練結晶(希少)

 ――拍の継承確認。

 ――同調反応、拡張。


 霧の中に、複数の影が立っていた。

 犬にも似た姿。

 獣脚。牙。瞳に光。


 だが、敵意はなかった。


 彼らは僕の方へ歩み寄り、

 静かに頭を垂れた。


 ――眷属登録:十二体。

 ――眷属総数:十三(主眷属:キオル)。


 赤い光が霧の中で散った。

 迷宮の拍が静まり返る。

 体の震えが止まらない。

 だが、どこかで確信した。


 「……これが、選んだ結果か。」


 キオルが僕の肩に降り、

 小さく羽を揺らす。


 熱がまだ残る剣を握りしめ、

 僕は深く息を吐いた。


 ――次の行いを選べ。

 ① 通常戦闘

 ② 休息

 ③ 探索


 赤い光はもうない。

 代わりに、淡く青い拍が揺れていた。


「……今度こそ、休ませてもらう。」


 剣を納め、キオルとともに歩き出す。

 背後で、十二の足音がゆっくりと続いた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ