第12話 眷属強化 ― 拍の継承(キオル)
――次の行いを選べ。
① 通常戦闘。
② イベント。
③ 休息。
④ 強化:眷属との同調調整。
迷宮の声は静かだった。
昨日までの戦いの熱を思い出すと、胸の奥にまだ火がある。
けれど、いま必要なのは“休む”ことではなく、“整える”ことだと直感した。
僕は短く答える。
「④、強化。」
床の石が一枚だけ沈み、通路の奥で薄い光が点った。
調律の間への道が開かれる。
その瞬間、肩の上のキトが羽を震わせ、光魚が静かに旋回した。
――二匹とも、わずかに怯えているようだった。
⸻
調律の間は、昨日よりも深く静まり返っていた。
壁の苔は青緑を増し、足を踏み入れると温度がわずかに下がる。
中央の泉のような窪みは、相変わらず水を持たないのに、呼吸のような気配を吐いていた。
光魚がそこへゆるやかに降り、キトが後を追う。
僕は骨鳴りの剣を地に突き、息を整えた。
「強化を始める。」
迷宮が反応する。
壁の紋様が薄く光り、床の線が滑るように動く。
二匹の眷属がその線の中心に位置した。
翼と鰭が重なり、わずかに擦れ合う。
次の瞬間、僕の掌が熱を帯びた。
そこに――報酬として受け取った結晶があった。
地棘獣が残した“再生因子”。
それが、まるで自ら意思を持ったように光り出す。
「……おい、待て。」
結晶が浮かぶ。
床の線がそれを包み、空気がひとつの膜になった。
膜の中で、キトと光魚の身体が吸い寄せられるように近づく。
「やめろ、キト!」
僕が叫ぶより先に、膜が光った。
音はない。
ただ、世界が沈んだ。
⸻
膜の中で、二匹の体がゆっくりと溶けていく。
キトの羽が液体の光に溶け、魚の鰭がその光を掴む。
色も形も混ざり、互いの境界がなくなっていく。
ただの“融合”ではなかった。
生命の再構成。
皮膚のような光膜が脈打ち、内側に無数の線が走る。
その線は生き物の血管にも似て、何度も形を変えた。
キトの鳴き声が、かすかに僕の頭の奥に響く。
光魚の泳ぐ気配が、呼吸と同じ速さで僕の胸を撫でていく。
痛みはなかった。
けれど、失うような恐怖だけがあった。
「……やめろ。」
声はもう届かない。
膜が僕の指を拒まず、むしろ包み込むように受け入れた。
掌の血管を通って、何かが逆流する。
結晶の光が僕を通して、二匹に還っていく。
僕の心拍と、二匹の拍がひとつに重なった。
まるで、僕自身も“融合”に取り込まれていくようだった。
――それでも構わない。
息を吐いた瞬間、膜が破れた。
⸻
光の中に、小さな影があった。
最初に見えたのはキトの丸い体。
続いて、光魚の鰭が羽の形に組み替わる。
体表にはうっすらと青い筋が走り、そこが呼吸器のように動いている。
目は灰に近い青。
尾の先にひだがつき、呼吸するたびにひらりと揺れた。
新しい命――キオル。
その体は、光をまとう水のように滑らかで、羽の骨格はしなやか。
浮くことも、泳ぐことも、飛ぶこともできる存在。
キトの羽ばたきと光魚の泳ぎがひとつになった。
キオルは僕の額に額を当てた。
温かい。
皮膚と皮膚の間に、雨が降るような静かな感触。
胸の奥で、ひとつだけやさしく叩かれた。
それが返事だった。
「……キオル。」
呼ぶと、羽が震えた。
声を持たない返事。
でも確かに“ここにいる”と伝わる。
⸻
壁の苔の色が変わり始めた。
濃い緑の奥に、青の筋が生まれる。
迷宮がそれを受け入れた証だ。
空気がわずかに冷たくなり、息が軽くなる。
調律の間の奥から、低い振動音が響いた。
迷宮が記録を始めたのだ。
――眷属強化、完了。
――融合対象:キト/光魚。
――融合結果:キオル。
――同調レベル上昇。
――現在の同調レベル:Lv.4 調律者。
――新機能解放:調律の間拡張「癒やしの座」。
静かな風が吹く。
癒やしの座――泉の隣に新たな窪みが生まれ、キオルがそこへ降りた。
羽をたたみ、尾のひだを開くと、周囲の空気が柔らかくなる。
僕の傷の痛みが少しずつ薄れていく。
「……助かる。」
言葉にすると、壁の線がわずかに輝いた。
迷宮が、またひとつ僕を理解した気がした。
⸻
しばらくその場に座り、息を整えた。
痛みが静まり、空気が透き通る。
キオルは眠っているように見えた。
けれど、羽の根元が一定のリズムで動いている。
まるで僕の心臓の代わりに呼吸してくれているようだ。
そのとき、迷宮の囁きが再び響いた。
――次の行いを選べ。
① 通常戦闘。
② イベント。
③ 休息。
キオルのためにも、迷宮のためにも、次を選ばなければならない。
選ぶということは、生きるということ。
僕は立ち上がり、剣を背に戻す。
キオルの羽がわずかに動いた。
眠っているはずなのに、その一拍がまるで「行ってこい」と言っているようだった。
「……分かった。守っててくれ。」
通路の外は薄い光に包まれていた。
戦いの後の静けさが、まだ世界を温めている。
風が頬を撫で、背中の痛みが少し和らぐ。
選べ。
生き残るために。
そして、新しい拍を刻むために。




