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ダンジョン日記  作者: アイデア
第0章 新生ダンジョンの主「原初の3人」
13/24

第12話 眷属強化 ― 拍の継承(キオル)

 ――次の行いを選べ。

 ① 通常戦闘。

 ② イベント。

 ③ 休息。

 ④ 強化:眷属との同調調整。


 迷宮の声は静かだった。

 昨日までの戦いの熱を思い出すと、胸の奥にまだ火がある。

 けれど、いま必要なのは“休む”ことではなく、“整える”ことだと直感した。

 僕は短く答える。


 「④、強化。」


 床の石が一枚だけ沈み、通路の奥で薄い光が点った。

 調律の間への道が開かれる。

 その瞬間、肩の上のキトが羽を震わせ、光魚が静かに旋回した。

 ――二匹とも、わずかに怯えているようだった。



 調律の間は、昨日よりも深く静まり返っていた。

 壁の苔は青緑を増し、足を踏み入れると温度がわずかに下がる。

 中央の泉のような窪みは、相変わらず水を持たないのに、呼吸のような気配を吐いていた。

 光魚がそこへゆるやかに降り、キトが後を追う。


 僕は骨鳴りの剣を地に突き、息を整えた。

 「強化を始める。」


 迷宮が反応する。

 壁の紋様が薄く光り、床の線が滑るように動く。

 二匹の眷属がその線の中心に位置した。

 翼と鰭が重なり、わずかに擦れ合う。


 次の瞬間、僕の掌が熱を帯びた。

 そこに――報酬として受け取った結晶があった。

 地棘獣が残した“再生因子”。

 それが、まるで自ら意思を持ったように光り出す。


 「……おい、待て。」


 結晶が浮かぶ。

 床の線がそれを包み、空気がひとつの膜になった。

 膜の中で、キトと光魚の身体が吸い寄せられるように近づく。


 「やめろ、キト!」


 僕が叫ぶより先に、膜が光った。

 音はない。

 ただ、世界が沈んだ。



 膜の中で、二匹の体がゆっくりと溶けていく。

 キトの羽が液体の光に溶け、魚の鰭がその光を掴む。

 色も形も混ざり、互いの境界がなくなっていく。

 ただの“融合”ではなかった。

 生命の再構成。


 皮膚のような光膜が脈打ち、内側に無数の線が走る。

 その線は生き物の血管にも似て、何度も形を変えた。

 キトの鳴き声が、かすかに僕の頭の奥に響く。

 光魚の泳ぐ気配が、呼吸と同じ速さで僕の胸を撫でていく。


 痛みはなかった。

 けれど、失うような恐怖だけがあった。


 「……やめろ。」


 声はもう届かない。

 膜が僕の指を拒まず、むしろ包み込むように受け入れた。

掌の血管を通って、何かが逆流する。

 結晶の光が僕を通して、二匹に還っていく。


 僕の心拍と、二匹の拍がひとつに重なった。

 まるで、僕自身も“融合”に取り込まれていくようだった。


 ――それでも構わない。


 息を吐いた瞬間、膜が破れた。



 光の中に、小さな影があった。

 最初に見えたのはキトの丸い体。

 続いて、光魚の鰭が羽の形に組み替わる。

 体表にはうっすらと青い筋が走り、そこが呼吸器のように動いている。

 目は灰に近い青。

 尾の先にひだがつき、呼吸するたびにひらりと揺れた。


 新しい命――キオル。


 その体は、光をまとう水のように滑らかで、羽の骨格はしなやか。

 浮くことも、泳ぐことも、飛ぶこともできる存在。

 キトの羽ばたきと光魚の泳ぎがひとつになった。


 キオルは僕の額に額を当てた。

 温かい。

 皮膚と皮膚の間に、雨が降るような静かな感触。

 胸の奥で、ひとつだけやさしく叩かれた。

 それが返事だった。


 「……キオル。」


 呼ぶと、羽が震えた。

 声を持たない返事。

 でも確かに“ここにいる”と伝わる。



 壁の苔の色が変わり始めた。

 濃い緑の奥に、青の筋が生まれる。

 迷宮がそれを受け入れた証だ。


 空気がわずかに冷たくなり、息が軽くなる。

 調律の間の奥から、低い振動音が響いた。

 迷宮が記録を始めたのだ。


 ――眷属強化、完了。

 ――融合対象:キト/光魚。

――融合結果:キオル。

――同調レベル上昇。

――現在の同調レベル:Lv.4 調律者。

――新機能解放:調律の間拡張「癒やしの座」。


 静かな風が吹く。

 癒やしの座――泉の隣に新たな窪みが生まれ、キオルがそこへ降りた。

 羽をたたみ、尾のひだを開くと、周囲の空気が柔らかくなる。

 僕の傷の痛みが少しずつ薄れていく。


 「……助かる。」


 言葉にすると、壁の線がわずかに輝いた。

 迷宮が、またひとつ僕を理解した気がした。



 しばらくその場に座り、息を整えた。

 痛みが静まり、空気が透き通る。

 キオルは眠っているように見えた。

 けれど、羽の根元が一定のリズムで動いている。

 まるで僕の心臓の代わりに呼吸してくれているようだ。


 そのとき、迷宮の囁きが再び響いた。


 ――次の行いを選べ。

 ① 通常戦闘。

 ② イベント。

 ③ 休息。


 キオルのためにも、迷宮のためにも、次を選ばなければならない。

 選ぶということは、生きるということ。

 僕は立ち上がり、剣を背に戻す。


 キオルの羽がわずかに動いた。

 眠っているはずなのに、その一拍がまるで「行ってこい」と言っているようだった。


 「……分かった。守っててくれ。」


 通路の外は薄い光に包まれていた。

 戦いの後の静けさが、まだ世界を温めている。

 風が頬を撫で、背中の痛みが少し和らぐ。


 選べ。

 生き残るために。

 そして、新しい拍を刻むために。


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