0話:迷宮と天空を裂く影竜
迷宮の深奥に足を踏み入れると、空気はひんやりと湿り、石の壁から微かな水滴が滴っていた。
光はほとんどなく、青白い光の結晶が点在しているだけだ。
その結晶が揺れるたび、壁の苔が光を反射し、微細な模様を描く。
湿度と硫黄、腐海の匂いが混ざり、鼻腔を突く。
一年の歳月が僕の感覚を研ぎ澄ませていたおかげで、匂い、振動、空気の流れすべてが敵や迷宮の情報になった。
「……静かすぎる」
僕は小さく呟く。
背後には知恵あるモンスターたちが待機している。
ルクシスは炎をまとい、翅を広げ空気を読んでいる。
トレルは石床に触れ、微細な振動から敵の動きを予測する。
小型幻獣たちは光の幻影を作り、迷宮内の空間を有利に保つ準備をしていた。
そのとき、闇の奥から低く唸る音が響いた。
四枚の巨大な翼が影のように揺れ、尾が石壁を叩く。
その瞬間、空気が割れ、硫黄と腐海、鉄の匂いが鼻腔を襲った。
咆哮は低周波となり、床の石片を震わせ、体の芯まで振動が伝わる。
「……影竜・カラザル……」
僕は剣を握る手に力を込め、仲間に指示を出す。
「ルクシス、翼の動きを封じろ!トレル、尾に注意!幻獣たちは光で攪乱!」
「了解!」
それぞれの声が迷宮に響き、戦闘の合図となる。
影竜は咆哮とともに尾を振り、翼で空気を裂く。
その振動で床の石片が飛び散り、僕の足元に降りかかる。
僕は身を翻し、剣を振る。
尾は鋭く、軌道を読むために匂いと振動の変化を分析する。
恐怖は情報となり、攻撃のパターンを導く。
ルクシスが火炎を吐き、翼の動きを一瞬でも制限する。
トレルが巨石を尾の軌道に放ち、幻獣たちは光の幻影で目を惑わす。
影竜は俊敏で、咆哮を上げながら空中で軌道を変える。
尾の一撃が床に衝突し、振動が仲間に襲う。
「尾、右!迂回!」
僕は瞬時に判断し、仲間の動きと自分の攻撃を組み合わせる。
迷宮の壁は脈打ち、天井から水滴が落ち、光が乱反射する。
その微細な揺れさえも、攻撃の手掛かりとなる。
「結晶がある……手を伸ばす!」
背後に見えた青白い光の結晶に触れると、体の奥に力が流れ込み、反応速度と判断力がさらに研ぎ澄まされる。
影竜は再び咆哮を上げ、魔力の波動を放った。
空間が歪み、闇の中で光が乱れ、匂いは濃く、冷気が絡みつく。
その威圧感は霧虫の群れとは比べ物にならない。
だが、僕は恐怖を制御し、情報に変え、選択肢を読み続ける。
「ルクシス、尾を牽制!トレル、翼を補助!幻獣たちは分散!」
僕の指示で仲間たちは即座に動き、影竜の攻撃を受け流す。
僕は剣を振り、ルクシスの炎とトレルの巨石で影竜を追い詰める。
尾の振動、翼の羽ばたき、咆哮の周波数――すべては僕の計算内だ。
影竜が空中で体を翻し、魔力を込めた咆哮を放つ。
空気が震え、床の石が割れる。
しかし、幻獣たちの光の幻影と、仲間の連携で攻撃の軌道は乱れ、僕は安全な位置から反撃できる。
「これが、迷宮がくれた試練……」
僕は心の中で呟く。恐怖の中に潜む情報と報酬を感じながら、剣を振り、影竜の翼と尾に同時攻撃を仕掛ける。
ルクシスの火炎が翼を焼き、トレルの石が尾を削り、幻獣たちの光が視界を攪乱する。
影竜は咆哮し、闇に身を潜めるが、その一瞬の隙を僕は見逃さない。
迷宮は息づき、壁や床、天井までも戦場の一部となる。
結晶が光を放ち、僕らの体を温め、戦闘の最中に小さな力を注ぐ。
恐怖はもはや障害ではなく、力と情報を与えるものに変わった。
一年後の僕と知恵あるモンスターたちは、進化した迷宮と天空を裂く影竜の中を、静かに、確実に歩み続ける。
恐怖を乗り越え、選択を積み重ね、生き延びる力を手に入れた――報酬と成長を胸に、僕らは進む。
これは1人の少年はダンジョンで紡ぐ物語




