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【完結】あなたは知らなくていいのです  作者: 楽歩


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29/32

29.去る者は日日に疎し

 ーside 国王ー


「ヴィクター、お前は……なぜ、そんなにも残酷なことが言える!!」


 怒声が玉座の間に反響した。


 顔を真っ赤にして叫ぶアレクは、もはや王太子としての威厳など欠片もない。ただの、癇癪を起こした子供だ。


「そうですわ! 高貴な私たちが、そのような下賤な真似をするなど……あり得ませんでしょう? 身分のある者は、身分にふさわしい生活を送るものですわ!」


 ミレーナが、アレクの言葉にすかさず同調し、声を張り上げる。自分たちこそが被害者だと言わんばかりの態度。


 ――愚か者どもが。


 私は歯噛みした。なぜ分からぬ。なぜ、この場に満ちるセレナ嬢の殺気を感じ取れぬのだ。




「……身分にふさわしい行動を、なさっていなかったからこそ、このような事態に陥ったのですのよ」


 澄んだ声。


 だが、その温度は限りなく低い。




「どんなに愚かな者でも、さすがに理解できるはずでしょう?」


 セレナ嬢が淡々と言い放った瞬間、空気が凍りついた。



 部屋にいる騎士ですら息を殺している。




「そうだ……王太子の身分の永久剥奪、国外追放となってもおかしくない行いだ」


 私は重く言葉を落とす。




「さらに、ヴィクターは王位継承権を放棄した。他国の皇子まで巻き込んでいるのだぞ!!」


 声が震えるのを、必死で抑える。



「ヴィクターの恩情に、感謝こそすれ……責めるとは何事だ。これ以上、私に情けない姿を見せるな!!」



『本当に、やるつもりなのか? まさか……未来の王と王妃だぞ……』


 そんな言葉が、愚息どもの顔にありありと浮かんでいる。理解を拒み、現実から目を逸らしたまま、なおも不満を漏らし続ける姿。


 今は捨て置こう。



「……時に」


 私は視線をセレナ嬢へ向けた。


「君もまた、被害者だ。その……二人に、何か言いたいことはないのか?」


「いいえ?」


 即答だった。嘘だろう?


「ヴィクター様のおっしゃった処罰で、よろしいですわ」


 微笑みさえ浮かべている。


「ヴィクター様が一生懸命お考えくださったことに、何の不満もございません。ヴィクター様のお考えは私の考えです」


 ――本当か? そんな処罰で本当に。


 だが、頭の中ではずっと警鐘が鳴る。




「ヴィクター様は、更生の機会をお与えくださったのです。ですが、その好意を無にしたときには、一言、進言する機会を私にいただけますでしょうか?」


 柔らかな声色のまま、言葉は鋭い。



「あ、ああ……もちろんだ」



 私は頷いた。だが、同時に確信した。


 これは、何としてでも遂行させねばならない。“一言進言”などという機会を、作ってはならぬ。


 そうなれば、今度こそ終わりだ。





 *****



 ーいつものお茶の時間ー



「……無理ですわね」


 レティシアは、わざとらしいほど優雅にカップを置き、溜息を落とした。



「あの二人に、使用人の真似事なんて。セレナ、あなた、分かっていて黙っていたのでしょう?」


「ええ、もちろんですわ。プライドだけは、たいそう高貴なお二人ですもの。さて、どれほど保つかしら」


 同情も迷いもない。


 ただ“結果”だけが楽しみだわ。まあ、予想を裏切らないと思うけど。




「先が見えないと人は、むやみに先のことを考えて不安になる。先が見えないときは、 目の前のことに集中して、先を見ないのが一番だというのに」


 カップを置き、指先で縁をなぞりながら。


 逆境をチャンスに変えられる人は強い者だけ。やるべきとわかっているのにやらないあの二人は、ヴィクター様の与えたチャンスを無駄にし、逃すでしょうね。


 まあ、逃がすというか……必ず、逃げますわね。




「一か月……持つかしら?」


 レティシアは少し考えながら言った。




「ふふ、レティシア、一か月かからないと思うわ」


「それもそうね」



 あっ! そうだわ。



「レティシア、あなた、王宮に何か用事はないかしら?」


「ええ、あるけれど……急に、どうしたの?」


 レティシアは眉をひそめ、不審そうに私を見つめた。



  「じゃあ、その用事、2人で行きましょう。文官とメイドに頭を深々と下げてもらうの。頭を上げ、私たちを視界に入れたら罰するのはどうかしら」



 レティシアは一瞬、言葉を失い――。


「アルマンド公爵令息が与えた更生の機会を、あなたという人は……」


 小さく息を吐き、肩をすくめる。


「ふふ……でも」


 口元に、艶やかな笑み。


「ええ、いいわね。もちろん、二人で行きましょう」




 その瞳に宿るのは、悪戯心どころではない、愉悦。


 あら私たち、ヴィクター様から以前聞いた『悪役令嬢』っぽいですわね。




 *******


 ー一か月後 side 国王ー




「国王陛下に、ご挨拶申し上げます」


「ああ、セレナ嬢。よい、楽にしてくれ」


 形式的なやり取り。


 王太子は病に伏し、部屋から一切出られない。その看病のため、ミレーナが付きっきり――。


 誰もがそう口にする。


 だが、その実態を知らぬ者は、この城にはもうほとんどいない。



 そんな噂を聞きつけ、セレナ嬢は王宮へとやって来た。よりにもよって彼女一人で。


「お見舞いに伺いましたのですが、お会いできないとのことでしたので」


 柔らかく、礼儀正しい口調。だが、その奥にあるものを、私は見誤らない。




「国王陛下にご挨拶をしてから、帰ろうかと存じまして……時に、その病は、いつ頃治りそうですか?」


 その声は――冷たい。


 同情ではない。確認だ。




 私は、玉座の肘掛けを強く握った。指先にすら、嫌な汗が滲む。


 ここで誤魔化しても、意味はない。彼女は、すでにすべてを理解している。


「……気づいているのだろう?」


 声が、わずかに掠れた。


「仮病だということに」



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