表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【完結】あなたは知らなくていいのです  作者: 楽歩


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

26/32

26.月の影取る猿

 ーside 王太子ー


「計画はこうだ、ミレーナ」


 低く声を落とし、私はミレーナに向かって告げた。


 ホフマン伯爵家の商会――最近、王都で噂にならぬ日はない。次々と売り出される目新しい商品、商人だけでなく貴族や官僚まで巻き込み、向かうところ敵なしだという。


 しかも、その知恵を絞っているのは――


 ヴィクター・アルマンド。


 そう、ヴィクターが、だ。



 国益につながる品の数々。発想力、先見性。


 もちろんホフマン伯爵家のあの二人が実質動いてるのは、知っている。その知恵に金の匂いを嗅ぎつけ、形にしたのだろう。ホフマン伯爵家らしいやり方だ。



 だが、ヴィクターが私よりも評価されている現状が、どうにも気に入らなかった。



 だから――


 ヴィクターの手柄を私のものとして偽証し、それを隣国の皇子、エヴァン・ラドクリフに伝える。

 彼が信じるように仕向け、協力を取り付け、噂を広げる。


 ヴィクターの評判は地に落ちる。そして残るのは、国を導くにふさわしい“私”だけだ。


 くく、と喉の奥で笑いを噛み殺す。


 エヴァン・ラドクリフ皇子は、切れ者として知られている。だが、それゆえに、こちらが用意周到に準備すれば必ず乗ってくるはずだ。



「上手くいくでしょうか?」


 わずかに不安をにじませたミレーナに、私は胸を張った。




「ああ、任せておけ。それよりミレーナ。セレナの評判を落とす策も考えておいてくれ」


「わ、わかりましたわ」


 素直に頷くその姿に、満足感が広がる。


 すべては、私の掌の上だ。




 *****




 父上との謁見を終えたエヴァン皇子に、内密の話があると伝え、別室へ案内した。扉が閉まった瞬間から、私は被害者の仮面をかぶる。


 従弟に手柄を奪われた無念。


 信頼を裏切られた怒り。


 王太子でありながら、耐え忍んできた苦悩。


 ヴィクターの性悪さを伝え、自分の従弟に手柄を取られた悔しさを演じる。なんとか、ヴィクターの罪を明らかにして罰を与え、奪われた手柄を取り戻したい、公の場で共にヴィクターを断罪してほしいと訴える。


 ――完璧だ。



「エヴァン・ラドクリフ皇子、君の助けが必要だ」


 真剣な眼差しで訴えると、皇子は一拍置いてから、静かに口を開いた。


「……証拠はあるのかい?」


 ちっ



 一国の王太子が直々に話しているというのに、即座に信じようとしない。


 だが、想定内だ。




「ああ、これを見てくれ」


 私は、王宮の気弱な文官を脅して作らせた企画書を差し出す。あたかも、私が先に考えていたかのように。



 皇子は何も言わず、それを読み進めた。


 表情は変わらない。


 最後の一枚に目を通すと、無言で背後の側近に渡した。




「私が君を助ける見返りは、用意してあると考えていいのかな?」



 強欲な男め。


 だが、その欲深さこそ計算通りだ。



「将来的に、君の皇位継承を助けるという約束をしよう」


 具体的な方法など、後でどうにでもなる。


 第2皇子という立場、皇位に無関心でいられるはずがない。隣国では、第1皇子に並ぶ人気を誇り、皇帝が後継を決めかねているという情報も、すでに掴んである。


 皇子はしばし黙考し、やがて口元に笑みを浮かべた。



「面白い提案だな。そうだ、つい先日、レティシアの家で、ヴィクター・アルマンド公爵令息と話をする機会があってね」



 何……!? もう会ったのか!



「興味深いアイディアを聞いたところだったんだよ」


 胸の奥が、嫌な音を立てて軋む。




「君は、一度に人や貨物を運ぶ乗り物を作ることは可能だと思うかい?」


 乗り物?



「頑丈で大きな馬車、のことでしょうか?」


 背後の側近が、目を見開き、思わず口元を押さえたのが視界に入る。なんだ?



「ああ、そうだ。その馬車のことだ」


「……ああ、なんてことだ。そのアイディアも盗んだのだな」


 怒りを抑えた声を作る。


 内心では安堵していた。馬車か。大した話ではない。




「それから、夏を快適に涼しく過ごすにはどうすればいいか、という話もした」


「新しい避暑地の話ですね。今、候補地を検討中なのです。……ああ、それも」


 心底残念そうに、頭を振ってみせる。どうせ、これも当たっているのだろう。




「……なるほど。よくわかった。この企画書は、私が責任をもって、適切に対処しよう」


 よし……!



 計画への賛同が得られた。


 私は、ミレーナに視線で合図を送る。


 ミレーナは一歩前に出て、震える声で語り始めた。



「……エヴァン・ラドクリフ皇子殿下。聞いてください。私の地位を狙う者が、恐ろしい陰謀を企て、巧妙に私を貶めようとしているのです」


 潤んだ瞳、かすかな嗚咽。


「王宮のメイドたちの証言もあります。そう……ヴィクター様の婚約者、セレナです!」



 いいぞ。


 皇子の視線が、確かに彼女に向いている。




「どうか、悲劇を防ぐため、ご協力ください。心からのお願いです」


「そうか。その話も含めて、措置をとろう」



 ――勝った。


「そうか!感謝する」





 *****


 ーside エヴァン皇子ー





「……思っていた以上に愚かな王太子と婚約者でしたね、エヴァン様。頑丈で大きな馬車……くくっ」


 必死に笑いを堪えるレオナードを横目に、私は小さく息を吐いた。



「ああ。本当に。あの王太子の婚約者候補だっただなんて……レティシアとセレナ嬢が気の毒だ」



 あれほど杜撰な策略。しかも、自分が失敗したことにすら気づいていない。


 私たちは再び王への謁見を申し込むため、足を向けた。




「ははは……! あの程度でセレナに立ち向かおうなんて、身の程知らずにもほどがあるだろ。

 あー、やばい。あの二人、完全に命を縮めたな」


 とうとう堪えきれず、レオナードが腹を抱えて笑い出す。




「口調が乱れているぞ、レオナード」


 まぁ、しょうがないか。



「……仮にも王太子だ。無理にすべてを知る必要はないが、世の中のことを何も知らないままでいるのは、さすがにどうなのだろうな」



 私は兄である第1皇子と、非常に仲が良いというのに。



 *****





 ーside 王太子ー


 これで終わりだ。


 皇子が別室を出た瞬間、緊張がほどけ、私は小さく息を吐いた。


 エヴァン・ラドクリフ皇子の表情、言葉、すべて計算通りに引き出した。



 やはり、私の読みは正しかった。


 王太子であるこの私が動けば、世界は思い通りに回る。そうでなければ、おかしいではないか。




「殿下、うまくいきましたわね」


 ミレーナが、ほっとしたように微笑む。



「ああ。これでヴィクターも、セレナも終わりだ」


 自信満々に言い切ると、ミレーナは少しだけ首を傾げた。


「ですが……エヴァン皇子殿下、少し不思議ではありません?」


「何がだ?」


「殿下のことを、すぐに信じてくださったことですわ。それに……その、詳しい説明も、あまり求められませんでしたし……」


 私は鼻で笑った。



「当然だろう。一国の王太子が出した企画だ。疑う理由がない」


 むしろ、あれ以上問い詰める方が失礼というものだ。ミレーヌは何も分かっていない。まあ、まだ王族ではないのだから仕方ない。




「それに、内容は誰が見ても優れたものだ。馬車、避暑――すべて国の未来に必要な発想だ」


 自分で言っていて、気分が良くなる。



「そ、そうですわね。殿下は、本当に優れておりますわ」


 ミレーナの言葉に、満足げに頷いた。






 その日の夕刻。


 私は得意げな気分のまま、側近の文官を呼びつけた。もちろん馬車と避暑地の話をするためだ。ヴィクターより先に計画を進めなくてはならない。


「今、言った話を、今後の施策として、すぐに準備に取りかかれ」


「……は?」


 文官は、目を瞬かせた。



「ええと……殿下。今のお話、具体的な数値や工程が……」


「細かいことはいい。大枠が決まっていれば、あとは現場が何とかする」


「ですが……馬車の構造、運用方法、費用対効果の試算が……」


「だから、とにかくいち早くやれと言っている」


 苛立ちを隠さず言い放つと、文官は一瞬言葉を失った。




「殿下……その……“頑丈で大きな馬車”とございますが、具体的に、どの程度の規模を想定されているのでしょうか」


「大きいのは大きいだろう」


「……」


「なぜ分からない?今までの馬車より、大きく、頑丈にすればいい」


 文官の顔色が、みるみる青ざめていく。


「殿下……馬車は、街路の幅、橋の耐久、馬の体力……すべてが関係してまいります」


「そんなもの、作ってから考えればいい」


 私は不機嫌そうに腕を組んだ。



「お前は、考えすぎだ。ヴィクターのような小賢しい男の真似をするな」


 その瞬間、文官の表情が、はっきりと硬直した。



「……承知いたしました」


 文官は、そういって振り返った。



『“大きな馬車”って……子どもの発想か?』


「? 今何か言ったか?」


「い、いいえ何も」



 文官はそう言うと今度は無言で扉を開け出て行った。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
サブタイトルの付け方が粋だなあ 一言で状況を表していますね
 表情を指摘するセリフでベタ惚れがわかるのって、ステキ!  意識的な表情ではないと思うのだけど、ここには羞恥はないのかなあ。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ