23.猿に烏帽子
side 国王
「ああ、遅くにやっと生まれた子……そして王妃の忘れ形見だと思って、私が甘やかしすぎたのかもしれない」
呟いたその言葉は、独り言とにするにはあまりに重かった。
家庭教師が力不足だと言って退職を願ってきた。異例のことだが致し方ない。
ここ数か月、彼はアレクの成績が一向に上向かないことに心を砕いていたのを知っていたからだ。そして、もはや限界だと判断したのだろう。
自分の指導では、王太子にふさわしい学力を身につけさせることはできない、と。
報告書を読みながら、私は無意識に眉間へ力を込めていた。
……また、Cクラス。
一時的な不調ではない。これが、実力だ。そう突きつけられている評価だった。
私はアレクとミレーナを私室に呼び、家庭教師の件を伝えた。
「可哀そうに、彼の経歴に傷をつけてしまったな。何人もの優秀な教え子を育て上げてきたというのに」
ぽつりと漏れた私の呟きに、室内の空気が一気に張り詰めるのを感じた。
「アレク様が優秀じゃないとおっしゃるのですか? 国王陛下、それはあんまりです」
感情を抑えきれなかったのだろう。アレクの婚約者であるミレーナが、声を上げた。だが。
「アレクだけとは言っていない。それに私室であろうと、王太子の婚約者であろうと、国王に向かって勝手に発言をするのではない!」
そんなことも分からないとは。私は語気を強めて言い放つ。
王族の言葉は、どこであれ、常に重みと責任を伴う。それを、彼女も理解せねばならない。
「一生共にする者だからと、お前が望むものを婚約者として迎え、人生で大事なものは学問だけではない、などとのたまっても、いつか目を覚ますだろうと信じ。あてがった側近候補と仲を深めずとも、新たな人間関係を築けるだろうと、私は任せてきた……」
言葉を重ねるたびに、過去の決断、その一つ一つを後悔する。それらが、今の状況を形作っているのだから。
視線を向けると、アレクは呆然と立ち尽くし、ただ黙って私の言葉を受け止めているように見えた。
「父上が、私の自主性を重んじてくれていたことに、感謝しています」
真剣な眼差しでそう言われても。その感謝の言葉だけで、この状況が好転するわけではない。
「……その結果が、これだ」
静かに、しかし重く告げる。
「こ、国王陛下……発言の許可を……」
ミレーナが緊張した面持ちで口を開いた。
「許可する。なんだ」
「アレク様は、王太子にふさわしい人間です。見てください。端正な顔立ち、瞳は、まるで遠く輝く星のように澄んでいます。輝く金髪は王家の証。彼の姿は、まさに王太子としての風格を備えています」
続けて、アレクも声を上げる。
「父上、ミレーナのこともご覧ください。彼女は優雅で美しい容姿を持っています。彼女の瞳は、森の奥深くに隠された秘密の湖のように輝き、長い美しい髪は、太陽の光を思わせる艶やかさを湛えています」
二人とも、自信に満ちた表情で訴えていた。
だが、その言葉に冷ややかな感情しかわいてこない。愚かな。
「……お前たちは、外見で国を治めていける。そう思っていると判断してよいのだな」
一息つき、声を落として続ける。
きょとんとする同じ表情に、腹が立つ。
「忘れているわけではないだろうが、確認だ。王太子は確かにお前だ。だが、王位継承権を持つ者は、他にも何人もいる」
「父上の子は、私だけです……」
冷静を装った返答。だが、その声には、わずかな動揺が確かに滲んでいた。
「お前と違って、私には弟と妹がいる。王弟であるヴィクターの父と、成人した兄は継承権を放棄している。だからこそ、お前と同い年で、優秀で、性格も良いヴィクターは、王位継承権第二位だ。さらに、彼には優秀で、実家に力のある婚約者もいる」
現実を、一つ一つ突きつける。
「私がお前の父でなければ、国を任せる人物に、ここまで悩むことはなかったのだがな……」
嘆きは深く、失望が混じるのを、もはや隠せなかった。
「Cクラスという評価は、覆せない。ならば、他のことで王太子の地位を確実にしなくてはならない。考えろ! 王太子としての座を、譲りたくないのならば――いいな!!」
*****
―side アレク―
父上の言葉には、これまでにない鋭い決意がこもっていた。それは叱責であると同時に、最後通牒でもあったのだろう。
――私は、王太子だ。
その事実を胸に刻み、これからの行動を深く考えねばならない。そう、自分は選ばれた存在であり、軽んじられていい立場ではないのだ。
父上の言う通り、王太子の座を守るためには、何かを示さなくてはならない。
学問だけではない、別の形で。
そうだ。
私とミレーナは、この国の未来を担う者なのだ。互いに支え合い、もっと強く、もっと賢くならなければならない。
……いや、待てよ。
「Cクラスは覆せない」と父上は言った。
ならば、わざわざ自分が這い上がる必要はあるのだろうか。
ふと、別の考えが頭をもたげる。
ヴィクター。そして、その婚約者であるセレナ。
彼らの評判が、もし地に落ちたとしたら――?
そうだ。
彼らが失墜すればいい。私とミレーナの評価の“下”へと、落ちてくればいいのではないか。そうすれば、自然と私の立場は揺るがない。王位継承権第二位など、取るに足らない存在になる。
……ああ、なんだ。
簡単なことじゃないか。
父上は「考えろ」と言った。
私は考えた。そして、答えを出した。
私は王太子なのだ。
上に立つ者が、下を蹴落とすことに、何の問題があるというのだろう。
それが、この国のためになるのなら――。




