表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【完結】あなたは知らなくていいのです  作者: 楽歩


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

13/32

13.及ばぬ鯉の滝登り


「ヴィクター様、ミレーナの妹のオレリア様とはよくお会いになりますか?」



 昼下がりの中庭。秋の終わりを告げる風が、落ち葉をくるりと渦巻かせていく。私たちはベンチに腰掛け、ささやくように会話を続けていた。



「オレリア嬢は1年生だったかな? よく2年の棟にいるよね。ミレーヌ嬢に会いに来ているのかな?」



 ──いいえ、貴方に会いに来ているのですわ。


 心の中で静かにため息をついた瞬間、呼び寄せられたかのように、甲高い声が響いた。



「ヴィクター様! ごきげんよう!」



 はい、噂をすればなんとやら。


 レースのたっぷりついたドレスを揺らして、オレリアが勢いよく駆け寄ってくる。そして、当然のように──許可もとらずにヴィクター様の隣へひょいと腰掛けた。


 私へは一瞥のみ。挨拶すら省くとは。



「……ヴィクター様は、最近セレナ様と仲がよろしいのですね」


 まあ、そう見えるのなら喜ばしいこと。事実でございますし。



「私、心配です。セレナ様はその……仲がよろしいご令息の方が多いと皆さんおっしゃっているから……」



 ……。



 誰かしら、その“皆さん”とやらは。……まあ予想は簡単につきますが。



「心配には及ばないよ。セレナは毎日僕と一緒だからね。おかしな噂だね、ははは」



 ヴィクター様が穏やかに笑う。その無邪気な笑みは、柔らかな陽光のように降り注ぐ。



「い、今はそうかもしれませんが…お友達もレティシア様しかおりませんし……それはつまり……性格がちょっと」


「セレナの性格? みんな良さがわからないんだね。でも私が独占する時間がたくさんとれてうれしいよ」



 オレリアの言葉を、ひとかけらも心に入れないあたりが最高ですわ。


 オレリアは唇を噛みしめ、次の瞬間、演劇じみた沈んだ声で語り始めた。



「……ヴィクター様、前にお話ししたこと覚えています? 実は私、階段から落とされそうになったり、水をかけられたり、教科書を破られたりしたことがありますの……私はそんなこと思っていないのですけど…その…皆さんがセレナ様じゃないかって」



 小さく震える肩。潤ませた瞳。


 あらあら、またその手のやつですの? 何度同じ脚本を使っているのかしら。



「セレナが? なぜ?」


 当然の疑問を向けるヴィクター様。


 そうよ、そこが肝心なのよ──頑張って。




「それは!! 私とヴィクター様がお似合いだから、その嫉妬したのだと皆さんおっしゃっていて、……ふふ、なんだか照れてしまいます」


 はい出ました。傷ついたり照れたり忙しい子ね。精神が非常に不安定でいらっしゃる。



「……皆さんって誰だい?」


 ヴィクター様の声が、静かに低い。あら、これは……ちょっと「ざまぁ」っぽいですわよ。

 その調子、その調子。



「それは、お姉さまとか…王太子殿下とか! あとは……その……」


 言葉が続かない。嘘に無理が出始めている証拠。



「……2人は皆じゃないよね」


 ヴィクター様が穏やかな笑みを崩さないまま、淡々と指摘する。その声の静かさが、逆に鋭い。



「私‥そんなつもりじゃ・・・ぐす」

「怒ってはいないよ、ああ、泣かないで」



 ──ああ、おしい!! 本当に惜しい。もう一歩で完璧な“ざまぁ”でしたのに。


 結局、泣き落としに転じたオレリアに、慌ててハンカチを差し出すヴィクター様。


 その姿に、私は心の中でそっと頭を抱える。けれど、ヴィクター様の優しさは、やはりヴィクター様の魅力そのもの。



「でも、事実をしっかり確認しないで、人の言うことを鵜呑みにするのはどうだろうか。セレナなわけがないのだから、ちゃんと犯人を見つけないと。私も、もちろん協力するよ」



 ヴィクター様は、柔らかな微笑の奥に、はっきりとした意志の光を宿していた。オレリアの不安げな表情とは対照的に、どこまでも真っ直ぐで、揺るぎない光。



「え? あの……大丈夫ですわ……私が我慢すればいいことですので……」


 オレリアが慌てて言い繕うように俯く。


 あらあら、その目で私を睨むのはやめていただきたいわ。そもそも、ここまで一言も発していない私に、どうして責任を押しつけられると思えるのかしら。



「大丈夫! 実はもう調べているんだ。安心して、すぐに真相がわかるよ」



 ヴィクター様が、さらりと告げた。


 オレリアの肩がぴくりと震える。その小さな変化を、彼は気づかなかったかもしれない。


 でも、私はしっかりと見た。



「し、真相とは?」


 声は震え、息が喉に引っかかっている。あら、予想以上に心当たりがあるようね。



「セレナが知らないうちに嘘が出回り、周りに混乱や誤解を招いている。私とセレナの関係を壊すために、誰かが偽の噂を流している。許せないよね。だから、学院の新聞部にも協力をお願いしたんだ」


 その言葉に、オレリアの顔がみるみる引きつった。自分の足元の地面がいきなり抜け落ちたような表情。



「い、い…学院の新聞部……!? あのハイエナ新聞部!? そ、そうですの。…あ! 私、急用を思い出しましたのでこれで」



 声が裏返っている。次の瞬間、スカートをつまんで、ほとんど逃げるように席を立った。その背中が廊下の角に消えるまで、早口で靴音を響かせて。



 ……そそくさといなくなっても、事実は消えませんのよ、オレリア様。


 風がひとひら流れ、公爵家の庭園から運ばれた甘い花の香りが漂う。ヴィクター様はその背中を不思議そうに見送っていた。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ