メカクレと片目隠れの違いを主張したら婚約破棄を宣言してきた
「すまん、もう付き合いきれない! 流石に婚約破棄を検討したい!」
ある日の王室。
アウグスト王子は私との婚約破棄を宣言してきた。
婚約破棄。それは人によっては運命を変える出来事だろう。しかし私にはどうだっていい。
「別にそれはいいです!」
「えっ、どういうことだ? カクレア! 婚約破棄がどうだっていいって」
「正直、私はアウグスト王子の誤解が解けることが最優先事項なので! 婚約破棄されても主張し続けますよ!」
「こわっ!? お前、何がしたいんだよ!」
「決まってるじゃないですか!」
ドン、と机に資料を叩きつけて、アウグスト王子に主張する。
「片目隠れとメカクレは違うってことをわかってもらうんですよ!」
「だからなんでそうなるんだよ!」
「……王子、私の髪型をどう呼称しますか?」
アウグスト王子の瞳を見つめる。彼の髪型は一般的な短髪だ。すらっとした表情はイケメンといってもいいだろう。
その一方、私の髪型は右目が隠れた片目隠れのロングヘアだ。髪の色は緑。間違えるはずがないだろう。
しかし……
「メカクレだろ?」
「ち、が、い、ま、す!!」
わざとかというくらい彼は間違えてくる。
それはまぁ、すっごい気持ち的に主張を繰り返したくなるくらいには間違えてくるのだ。
私は、それがあまりにも許せなかった。
「片目隠れ! 片目隠れです!」
「だからその違いはなんなんだよ……」
「片目隠れは片方の目が隠れている人! メカクレは両方の目が隠れてる人! 片目隠れの人をメカクレと呼称すると色々面倒なことになります!」
「えー、本当かー?」
「舞踏会でモラルがない人だと思われますよ? 『えっ、あいつそんなこともわからないモグリなんだ……』って言われますって」
「いや、たかだが髪の形状でないだろ!? それよりお前のその熱量が怖い! やっぱり破棄したいんですが婚約!」
「婚約のことはどうでもいい! 髪型が大切!」
「えぇ……」
「今は! メカクレと片目隠れの違いを理解するべき、です!」
ドン引きしているアウグスト王子のことは気にしません。
とにかく、私は主張します。
片目隠れとメカクレの違いについてを。
「……ふぅ、少し落ち着くべきですね」
「いや、てっきり婚約破棄って俺が行ってしまったからかなり荒れてたかと思った」
「それはまぁ、どうでもいいんです。アウグスト王子がメカクレ関連のトラブルに合う方が怖いので」
「なんだそれは」
困惑の表情。
これはしっかり伝えていかないとわからなそうだ。
「王子にもわかりやすい例で説明しましょうか」
「あ、あぁ」
「『王女』と『女王』という言葉があります」
「そうだな」
「この言葉から感じる違いを言ってみてください」
「王女の方がなんか可憐なイメージ、女王は高貴な感じだな」
「そう、そういう違いの話をしてます」
シンプルにニュアンスの問題だ。
これならアウグスト王子もわかってくれるはず。
そう思いながら彼の目を見つめる。
しかし、そこまで真面目に考えてくれなかったみたいだ。
「ぶっちゃけそこまで気にならないのでは?」
「おしとやかな王女の婚約を考えてたのに、キリっとした女王との婚約だったとかだったらちょっと考えの相違になりません?」
「お前が言うと説得力あるな」
「何回も言いますが破棄するかどうかはどうだっていいんですからね? 私は違いが分かってほしいので」
「怖いわー、カクレアまじ怖いわー」
駄目だ、これでは説得には弱い。
そう思った私はまた話を展開していく。
「コミュニケーションにも関係する問題なんです」
「そこまでか」
「えぇ、そこまで重要な話です。アウグスト王子、お手伝いにメイドさんを雇ってますよね?」
「え? まぁ、ちゃんと雇ってるよ。正規に雇用している」
「メイドのスカート丈は?」
「長い」
「はい、一般的にはそういったメイドの方の服装はクラシカルと言われます」
「そうなのか」
「そうです。で、スカート丈の短いメイドさんのスタイルはフレンチと言います」
「何がいいたいんだ?」
「同じメイド服でもミニスカートとロングスカートで雰囲気が違うと言うことです。これは目隠れの事情についても同じことが言えます」
「両方の目を隠しているのと片方の目を隠してるのでは同じ区分でもジャンルが違うってことか?」
「えぇ、そういうことです」
「あまりにも面倒だ」
「理解してもらいたいものですね?」
呆れた様子のアウグスト王子。とはいえ、私は諦めない。
私だって貫き通したいものがあるのだ。
「ネコとライオンだって似ていても違います」
「分類の問題じゃないか……?」
「区分を考えた方がトラブルがない、ということです」
資料を開いて、アウグスト王子に提示する。
「こういった事例があります」
ひとつの資料を取り出し、彼に見せる。
「ある一国の王子は王女と文通を行っていました。そして恋仲になる中でこういったのです『王女、私はメカクレが好きなのです』と。そして王女はこう答えました。『本当ですか! 私、実は目が隠れているんです!』と。そうして彼らは実際に会うことを決めました」
「会って、どうなった?」
「破局しました」
「なんでだ!?」
「アウグスト王子にはわかってもらいたいのですが?」
少し考え、彼は結論にたどり着いたようだ。
頭に冷や汗をかいている。
「……まさか」
「そうです。王子が好きだったのはメカクレといっても片目隠れのこと。両方の目を隠している王女とうまくいくことはなかったのです。残念ながらふたりはすれ違い、いずれは破局に向かってしまいました」
「まさか、そんな出来事があるか? 都合よすぎだと思うんだが」
「これ、隣国で起きたトラブルですよ?」
「は?」
「こういう悲劇を未然に防ぐためにも理解しておくべきだと私は主張してるのです」
「いやいやまさか……」
少しは受け止めてくれてはいるけれども、まだ完全に納得はしていないみたいだ。
それなら追撃を加えるべきだろう。
資料を再び開いて、言葉を繋げる。
「ある国ではメカクレを推奨する施策が行われて、メカクレ以外を受け入れないようにしていました」
「なんだその国」
「その国に、とある交易者が交渉しに行きました。交易者はこう言います『私もメカクレです。交易してもいいですか』と」
「……オチが読めたぞ、その交易者は片目隠れで、それはメカクレとして認められなかったから裁かれたんだろ?」
「えぇ、その通りです。よくわかってますね? アウグスト王子」
「いやいや流石にこの流れならわかるぞ!?」
私の説明もようやく効果が発揮してきたのか、アウグスト王子も少しは真面目になってくれている。
これなら婚約破棄とか言われても行った成果があったというものだ。
「ちなみにこれは海の向こうにある香辛料が有名な国の話です。仮に私を無対策で向かわせてたら多分死んでます」
「……お前が両目隠れになればいいだけなのでは?」
「もしも行くならそうします。ただ、私は片目隠れが好きなので。基本的にはその方向で行きたいです」
「あー、わかったわかった」
呆れたような口調。
わかってもらえたのだろうか。
「まさか大真面目にそういう事情があるとは知らなかった。俺も婚約破棄を提示したことは反省する。可能な限り理解は示したい」
「まぁ、わからなかったらそのままさよならでもよかったのですが」
「俺、お前のこと怖く思うよ……」
「なにか言いましたか?」
「いや、なんでもない!」
会話が纏まった瞬間。
私たちの王室を叩く音が聞こえる。
扉を開けると息を切らしたアウグスト王子の家臣がそこにいた。
「海の向こうの国から、メカクレのカクレア王女を向かい入れたいという連絡が!」
「そこってさっき言ってた国だよな」
「はい、そうですね」
少し考えて、私はこう言葉にする。
「カクレアは片目隠れです。メカクレとして分類するのもいいですが、大前提として片目隠れの王女です。期待には沿えませんし、きっと後悔することになります。交易関係を結ぶならば、そちらの礼儀に合わせたメカクレ……つまり、両方の目を隠した方を用意します。こう伝えてください」
「はっ、かしこまりました!」
その言葉を聞いて、去っていく家臣。
これでまぁ、問題なく解決するだろう。
「これ、下手すれば戦争になる話題です」
「そんなにか」
「それほどセンシティブということですよ。では、そろそろアウグスト王子、お茶でもしましょうか。今日は私が良いお茶を用意します」
「いいのか? 俺は婚約破棄を提示したんだぞ?」
「えぇ、私にとってはそれは二の次ですから」
微笑んで言葉にする。
「より、片目隠れとメカクレの相違点について語り合いましょう」
その言葉を聞いて再びアウグスト王子はげんなりした表情になった。
「もう、勘弁してくれ……」
「まだまだ事例はあります。次は片目隠れだけれども隠れている目が見えてもいい人とそうでない人の相違点について……」
「ちょ、ちょっと席を外しても」
「お茶、飲んでないですよね? 理由もなしに帰るのはなしですよ?」
「うおおおおおお、もうどうにでもなれー!」
嘆くアウグスト王子。
私は間違いを犯してほしくないので、繰り返し語っていく。
途中でアウグスト王子は絶望的な表情にはなっていたものの、お茶は美味しかったらしく、満足げに味わっていた。
……多分、途中で彼の頭の中には婚約破棄のことがちらついていたかもしれないけれども、まぁ、それはどうでもいいのだ。
私は、メカクレと片目隠れの違いについて理解してもらいたいだけなのだから。
王室。片方の目から見つめるアウグスト王子の姿はげっそりしていたものの、勉強をし終えた人のようなどこか真面目そうな雰囲気になっていた。