92 鼓動
とくん、とくんと一定のリズムがあった。海のような、打ち寄せては返すそのリズムが心地よくて、ここから出たくないな、と思った。それでも、出なくてはと思い、外へと出てきたのだ。
始まりはラの声で、皆同じように泣くのだという。誰もが笑顔であなたを迎えるのだ。泣いているのはあなたと、笑顔のままのご両親が涙しているかもしれない。そうだったと思う。
鼓動は時に速く、時にゆっくりと、あなたの時を刻んだ。転んだ時には速かっただろう。寝ている時はゆっくりだっただろう。あなたの体が大きくなるにつれて、鼓動は少しだけゆっくりになっていく。
それでも、緊張することはあっただろう。自己紹介や、授業で音読をするときなんかに、そう大層なことでもないはずなのに心臓は早鐘を打っただろう。それらは恥などの高度な感情の芽生えにより感じるものだ。あなたは確かに、成長していたのだ。
あなたが成長すると、友達の一挙手一投足に一喜一憂して、時に友達と言えるのか不安になったりもしただろう。それでも、あなたの心臓はあなたに寄り添うように動いていた。
あなたが辛くなった時、心臓はどうしていたと思うか。あなたが追い詰められて、これ以上生きたくない、逃げたい、死んでしまいたいと思っても、心臓はそんなあなたの心とは別で、あなたを生かそうと動いていたのだ。
あなたが苦悩を乗り越えた時、心臓はただ晴れやかな感情と共に動いていた。一定のリズムで、これから先の明るさに目を細めるあなたと共にあった。
あなたが人と出会い、共にいたいと願う気持ちに、心臓は足を速めただろう。それは、あなたが幸せを感じているが故の速度なのかもしれない。そして、あなたと共に生きると決めてくれた人といながらに、心臓がゆっくり動くようになったら、あなたは本当に幸せなのだ。
あなたが喜びを感じ、苦悩を感じ、それらを乗り越えようとするとき、心臓はあなたを支えている。あなたとともにしか生きられないからだ。
あなたの側に新たな鼓動が動き始めた時、あなたは自分の大きさを、小ささを、無力さを、有力さを、知っていくことになるだろう。命とは、あなたの力だけでは脈打てない。あなたと共に鼓動を刻んできた存在に、あなたは気がつくことになるだろう。
あなたが新たな鼓動と共に成長し、やがて彼らが巣立つときを迎えてから、あなたの鼓動は徐々に落ち着いてくるだろう。なぜなら、今まで目まぐるしく変化する鼓動とともに生きてきて、それに慣れてしまったから、落ち着いた日々に感情が呆けてしまうのだ。
そして、あなたが楽しみを見つけたり、人を見送ったりしているうちに、あなたの時が近づいてくるのだ。最後はもう何も言わずに、ただ笑っていればいい。あなたが笑って、周りにいる人が皆泣くような、そんな人生を送れたなら、あなたは幸せだろう。
どこかで新たな鼓動が生まれる時、あなたの鼓動を感じられれば、それでいいのかもしれない。




