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9 亡国の姫

 昔、小さな国が存在した。マニアックな歴史書にちらりと名前が載る程度の、本当に小さな国だ。その国が戦争によって滅亡した翌年。姫君が処刑されたと敵国の報告書に記載された。


 「王子、勉強のお時間です」

 「ああ、すぐ行くよ」

 小国の王子は、日々を楽しく暮らしていた。その容姿からつけられたあだ名は、「三つ編みの黒曜」。黒髪を三つ編みにしてまとめている様がまるで大国の姫君にも劣らない美しさだったのだ。

 「そういえば、隣国が戦の準備をしていると聞いたのだが」

 「ええ、どうやらまた別の国と戦うつもりのようでして。同盟を結んでいる我が国にとって敵になることはないとはいえ、やはり気を引き締めるべき物事です。しかし、まだお若いのにそのように気を配るとはすばらしい」

 「いや、いずれは父王の跡を継いでこの国を守るのだから当然だ。むしろもっと気にかけるべきことがあるような気がしてならないほどだ」

 王子は真剣な表情で空を見る。自分がしなければならないことがたくさんあるはずなのに、それに気付けていないような気がする。杞憂ならよいが、現実はそう甘くはない。今放っておけばいつか後悔することになるだろう。

 「私もいつの日か、後悔するんだろうか」

 まだ若い王子のつぶやきは、誰にも聞かれることなく消え去った。

 ある日のこと。王子が剣術の指導を受けていた時のことだ。伝令兵が走ってきて、王宮全体に響く声で言った。

 「り、隣国が、我が国に攻め入ってまいりました!」

 当然、それは王子の耳にも届いた。

 「何、それは本当か!場所はどこだ!」

 「北部の村がすでに一つ攻め落とされたと。三日以内に都にもやってくるでしょう」

 それを聞いた近衛兵は、王子に走り寄って叫んだ。

 「王子、逃げましょう!」

 「…王都を、民を残してどこに逃げると言うのだ!私の居場所は民の居る場所!民失くして王族は生き延びられぬ!」

 そう叫ぶ王子の元へ、王がやってきた。

 「王子よ、王都は私が守る。民のことも私が守るから、お前は逃げなさい。私に何かがあった時、民の希望はお前ひとりだけなのだ」

 「しかし父上…私が生き延びたとて、王都が陥落してしまっていては帰る場所がございません」

 「お前ならどこであろうと我が国を再興できるであろう。もし再興できずとも…息子には生き延びて欲しいと言うのが、親心なのだ。分かれ」

 そう言われれば、王子も納得するしかなかった。

 王子は数名の従者と共に王都を離れ、南下した。敵軍の手が届かぬ場所まで逃げれば、まだ活路はあると希望を抱いて。

 それから数日。国境近くまで来た王子一行は、王都が陥落したといううわさを聞いた。それと同時に、敵軍が迫ってきている事実にも気づかされた。宿としていた村をまだ暗いうちから発って、国境を越えることにした。

 「王子。髪を切ってくださいませんか」

 従者の少女が言った。

 「なぜだ」

 「王子は三つ編みの黒曜。三つ編みでいてはすぐに気づかれてしまいます。それに、解いたとて三つ編みの跡は残りましょう」

 「…なるほど」

 王子は納得して、三つ編みを切り離した。美しい三つ編みは従者によって土に埋められ、王子は軽くなった頭を軽く振った。すると、三つ編みを切るように言った少女の従者が、自らの髪を三つ編みにし始めた。

 「どうした。急に三つ編みをし始めて」

 「私の髪は王子の美しさには遠く及びませんが、同じ黒髪でございます。万が一私共が見つかってしまいましても、私を三つ編みの黒曜だと思い連れてゆくでしょう」

 「何?それは許可できん。早く髪を解け」

 「王子…これは私の覚悟であるのです。一度死んだ者は二度と生きていると疑われますまい。私が生涯をかけてあなた様をお守りすれば、あなた様は生き延びられるのです。どうか、この覚悟を無下にしないでくださいまし」

 王子は、涙を流しながら頷いた。そうしてまた一行が道を進んでいると、誰かが走ってくる音が聞こえた。

 「いたぞ!こんな時間に旅をするとは怪しい奴らめ!捕えろ!」

 「ああ、こいつは三つ編みじゃないか!こいつが三つ編みの黒曜か!」

 「よし、連れていけ!他はどうでもいい、置いていけ!」

 そうして、少女を連れてその集団は消えていった。

 「…私は、死ぬのだな」

 「…王族としての、三つ編みの黒曜としてのあなた様は死ぬでしょう。しかし、あなた様はこの先も生きます。どうか、父王とあの者の勇気と遺志をお継ぎください」

 「ああ…」

 それから数カ月がたち、三つ編みの黒曜の処刑が報じられた。


 それらが昔話になったころ。つやの失われた白髪の老人が、懐かしそうに亡国の土を踏んだ。崩れはてた王宮を愛おしそうに観光していた。

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