89 泥濘
誰のために生きているのかわからない、なんて言って、生きることを諦めている。そのくせ死ぬこともできない。私は、春の雪解けの泥濘のような人生を送っている気がしている。
誰のために、なんのために?私のためだというのなら、私は幸せになってしかるべきだ。けれど私が苦しむことばかりだ。朝嫌々出社して、欲しくもない色目にいらないお世辞、必要のないお茶くみはまるで私が終わっていくかのよう。
私は今日も色んなものに耐えていた。セクハラパワハラそれともカスハラ、それらにギリギリ届かない程度の嫌なことばかり。嫌なことを乗り越えたからと言って給料が増えるわけではないけれど、乗り越えないと給料は貰えない。なまじ人より持つものがよいだけに苦労することがあるだなんて。それも能力ではない、仕事に全く関係のないことで。
私はなんのためにこんなに苦労しているのだろうと、自問自答しなくてはならないこと自体おかしいのだ。普通、少しでも小さな幸せを得ている人は、こんな悩みを抱かない。
知らず知らず、涙が出てくる。こんなことなら、少し無理をしてでも幸せの近い世界に飛び込めばよかった。それこそ、学生時代に起業すると言ってベンチャーの世界に飛び込んだ友人と共に、そういう世界に居れば、こんな悩みはなかっただろう。せめて、自分を殺さないでいい悩みで埋め尽くされていただろう。
悩みを捨てるには、会社を辞めるか、人生をやめるか。抜け出せないぬかるみのような苦しみを、誰に相談すればいいのだろう。私は優しい嘘でもいいから、現実から目をそむけたくなった。
ベッドに飛び込んで、誰にも言えないまま泣いてみる。何も変わらないというのに、なにがしたいのだろう。
あとどれだけこうした日常を繰り返せば、私の苦悩の世界は終わるだろう。その終わりを、私は見ることが出来るのだろうか。私は、もうそんな力がないのかもしれない。私はもう、諦めてしまいたい。
何を?すべてを。
そうだ、もういいや、と思い、私は目を閉じた。明日の朝起きたら、仕事にはいかないでおこう。スマホも電源を落として、連絡がつかないようにして。いいんだ、もう。
私は久しぶりに晴れやかな気持ちで舟をこぎ始めた。もし明日いつも通りに起きてしまっても、その時に考えよう。泥の様に眠りについた。




