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86 本

 本好きの少年がいた。時は大正、誰もが日本はこれからどんどん強くなるぞと期待を抱いていた時代。田舎の学校で、本を読む少年がいた。

 少年は本好きのわりに、国語の成績は芳しくなかった。その代わり、観察や実験などが非常に得意で、将来は学者だと周囲から期待を抱かれていた。

 少年は、学者になどなりたくなかった。確かに気になることを追い求める姿は美しいかもしれない。だが、少年にとってそれは、本だったのだ。

 少年は本の虫だった。本を読み続けることだけが彼の楽しみで、彼の足はずっと図書館に向いていた。

 本は、自由をくれる。本の中では人はどこまでも自由で、いろんなことを勝手に決めて机上の空論を語り合う。そこに芸術と学術を同時に見い出していただけだった。

 そんな少年にとって、現実の世界はわずらわしいものばかりだった。観察すれば美しくないものも見え、実験をすれば思い通りにいかないことばかり。どうしてこんなにも不自由なのだと少年は常日頃から嘆いていた。

 ある時、少年は一冊の本に出会った。その本はどこまでも透明な内容だった。まるで、冬の澄んだ空気のような透明さで、そこにあった。

 少年はその本のあとがきで、君も本を書いてみると良い、という内容を見た。そうか、自由を求めるならば、自分だけの自由を描いてみてもいいのだ。少年はさっそく筆を執り、当時まだ貴重だった原稿用紙に色々と書き出してみた。自分が描きたい物語は何なのか。自分の求める自由とは何か。少年の想いをそのままに反映した原稿用紙の束が、徐々に出来上がっていった。

 少年は今まで本で読んだ内容を全て覚えているかのように、記憶の至る所から理想を書き連ねた。ここはもっとこうだ、こうした方が素晴らしい、と。

 それを快く思わない人がいた。少年の父である。少年の父は少年が学者を目指してくれればと思い、当時高価だった本を何冊も手に入れていたのだ。だから少年に裏切られたと思って、原稿用紙の束を燃やしてしまったのだ。

 しかし少年はめげなかった。少年は初めて抱いた夢を捨てるまいと、何度でも原稿用紙に手を伸ばした。最初はごちゃごちゃと書き連ねるばかりだったそれも、徐々に整理されて美しくなっていく。それすらも最後は灰となって透明な空に飛んでしまう。

 少年は書いたものを覚え、次に繋げていった。父は内容など読みもしなかったので、何を書いていたかは知らない。内容は徐々に物語の終盤へと向かっていっていた。

 ある時、少年が高等学校に行くと言って、志望書を父に突き付けた時、父はもう原稿用紙を燃やすことも無いだろうと思った。そこには学者になるための道が書かれていたからだ。

 少年は上京し、一人暮らしを始めた。そこで少年は原稿用紙を買い、万年筆をもって物語を書き始めた。高校にはいかなかった。

 少年が作家として名を上げるには、そこから十年の歳月がかかるのだが、少年が初めて売りに出した本にはこうした経緯があった。

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