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82 好物

 「お前、そんなもん食ってないで外に食べに行こうぜ」

 ずるいなぁ、と思った。先輩にそう言われたら断りづらいじゃないか。

 「はい、一緒に行きます」

 そう言って、手にしたゼリー飲料を鞄に戻す。さらば今日の俺の楽しみ。

 ゼリー飲料だけでは体に良くないことも分かっているが、栄養バランスもきちんとしていて、手早く食べられて、味もいい。良くない点と言えば顎を使わないことくらいしか思いつかない。だからこそ、時間に追われたくない昼休みやどうしても疲れた夜にしか食べていない。それ以外はちゃんと自炊だってしているし、今朝は玄米ご飯も食べた。

 それでも、会社ではコミュニケーションを優先すべきなわけで。正直だるいし、人の嗜好に口出すなとぼやきたいところだが、あいにくそんなことを言えるほど偉い立場ではないので、黙っておく。

 「うまい定食屋が近くに移ってなぁ、俺の家に近かったんだけど、夜じゃなくて昼に食うようになるのかなぁなんて」

 「よかったじゃないすか。夜は先輩奥さんがいるんでしょ?ご飯作ってくれるんじゃないんすか」

 「いや、妻は看護師なんで、先月から夕方からの仕事になって、今は子供だけ。作るのは俺。でもまあ、子供の手前料理できるかっこいいパパ目指したくてな」

 「料理できるんすか、意外」

 「できんぞ。まあ最低限の男飯なら作れるんだが、子供ウケはよくないだろうなぁ」

 子供がいるなら確かに夜でもゼリー飲料ということはできない。独身でよかったと思う反面、若干の寂しさが。

 「そうだ、お前なんでゼリー飲料なんだ?自炊してるなら握り飯でもいいだろうに」

 「あー、あの味が好きというか」

 味、香り、食感全てが好きなのだが、そこまで言うと引かれそうだ。

 「味ね、物によるだろうしそんな知らんが、だいたいエナドリと変わらなくないか」

 「香りによってだいぶ味変わりますよ。ブドウ味とかあるし」

 そんなことを言っていれば、先輩が紹介してくれた定食屋につく。席に座って適当に親子丼を頼む。なるほど、昔ながらのおばちゃんおじちゃんによる定食屋だ。

 「前のビルが老朽化で取り壊されるってんでこっち移ってきたんだと。あーでも雰囲気はだいぶ変わったな。まだメニューが雑然と貼られてない感じが」

 「ああ、あれは昔のもうないメニューも貼ってたからね。昔のだったからクジラの竜田揚げなんかあったのよ」

 「え、そんなんあったんすか。食べてみてぇ」

 「ごめんなさいねぇ、クジラなんてもう仕入れてないのよ」

 朗らかなおばちゃんが答えてくれる。程なくして出てきた親子丼は非常においしいものだった。プリプリの肉にとろとろの卵が、正統派の親子丼で俺もこの定食屋が好きになりそうだった。

 「やっぱうまかったな」

 「味変わってなかったですか」

 「おう、この味だ、ってなったよ」

 オフィスに戻ると、先輩は少し離れた机に戻った。もう少しで昼休みが終わる。でも頭はなんだかまとまっていない。俺はゼリー飲料を取り出し、こっそりと少しだけ食べた。ああやっぱり、慣れ親しんだ味こそがルーティンに欠かせなくなってるな。ガッツリ食べたし一口だけにしとくけど、頭はなんだか冴えたような気がする。

 さて、午後の仕事も頑張ろう。

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