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80 雪山で

 ここに一人の登山家がいた。彼は世界の山々を制覇し、ガイドで生計を立てつつ次なる頂を目指し続ける生活を送っていた。

 彼はまた、山に登ろうとしていた。山に登るには、だいぶ重い荷物を背負っていかなくてはならない。今回の山はまあ高いもので、酸素もやや薄くなるし、急斜面では重すぎる荷物は毒だ。命を懸けて挑むのだからそこには細心の注意が必要だ。

 軽くできるものは軽く、どうにもならないもののために頭もツールも使いまくる。少しでも軽い製品があったら、強度が確かであれば少し値が張っても買ってしまう。それでも30㎏程度の荷物ができてしまう。自然の偉大さに挑むのであるからして、最悪の状況も想定して用意せねばならない。

 彼は相棒と合流して、その重い荷物を持ってふもとの町まで向かった。不要なものはホテルに置いて、さらに山頂アタックに不要なものは山小屋に置いていく必要がある。そういう世界なのだ。切り捨てられるものを切り捨てて、それでもまだ足りない世界。

 彼は今は雲に覆われている山頂に思いを馳せた。近日中にあの頂からの景色を見ることが出来る。

 相棒とホテルに入り、明日以降の天気を再び確認する。山の上は特に天気が変わりやすいので、専門家が出す天気予報でも時折裏切られたりする。それでも、信じるしかない。

 翌日、彼らはホテルを出て山小屋を目指した。山小屋は山の中腹にあり、そこまでたどり着くのも早朝から夕方までという道のりだ。山小屋にはわずかに人がいたが、全員登山家と言った風貌で、人によってはここで数日後にくる客のツアーに待機しているという人もいた。

 山小屋でわずかに寝て、いよいよ山頂アタックが近づいてい来た。荷物を預けて、相棒と二人、山頂を目指す。足元は既に雪だ。その下の氷の確かな感触を感じながら、彼は進んだ。

 彼らは山肌を撫でる冷たい風にわずかに露出した顔の肌を切られ、そのたびに顔にウォーマーを伸ばして耐えた。息はきつく、まるで呼吸器をすべて紐で縛られているかのようだ。

 しかし着実に山頂は近づいている。わずかな面積しかない山頂へは、最後片側は崖という尾根を渡らなくてはならない。相棒と命綱を結び、一人が片側へ落ちたらもう一人は反対側へ飛び、バランスを保つというものだ。互いの命を互いに預けながら、尾根を慎重に登る。そして。

 山頂に辿り着いた。見える景色はやはり極上で、澄んだ空気がどこまでも周囲を美しく見せていた。写真を撮って、二人でにっと笑った。

 あとは下山なのだが、行きと違い降りるというのも難しい。緩やかになれば恐怖もそうないのだが、急斜面を降りるというのは後ろ向きにならないと恐ろしい。だというのに、尾根では後ろ向きがかえって危険なので、前を向かなくてはならない。この恐ろしさが、しばらく続くのだ。

 それでも気を付けて降りていき、斜面に戻った。あとは雪崩などに気をつけつつ降りるだけだ。ざく、ざくと先ほども通った道を戻る。鍛えてはいても、日常で使わない筋肉が徐々に疲弊してくる。

 なんとか緩やかな斜面に戻り、寒さゆえに会話もそぞろになりながら山小屋へ向かった。戻ってくると、登る前に知り合った数名が「おかえり」と言ってくれる。

 山小屋で休憩し、朝になったら麓町へ出発するために預けていた荷物を引き取りつつ相棒と話す。相棒は知り合った人たちに山頂の景色を見せて回っていた。

 朝が来て、二人で山を下りる。もう命綱は必要ない。それでも、そこには確かに山で強化された絆があった。

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