8 仮想世界にて
ある年、仮想世界が実装された。どこにでも一瞬で行けて、誰とでもどんな言語でも繋がれる。そんな夢のような世界が各国の連携のもと完成したのだ。
仮想世界ができてから、追い付いていなかった法整備が急速に進んだ。例えば、仮想現実で公的な性別を偽ると罰金、公的な年齢を偽ると注意勧告から改善が見られなければ書類送検となる(アバター上は性別も年齢も自由に変更できる。個人識別のための入力を間違えてはならないということである)。現実にも影響を及ぼしかねないため、人々は法に従う。
また、アバターの数を制限する国もあった。あまりに多いと個人の同一性に疑念が生じるためだ。またある国では、アバターの数を増やすには金を払う必要があったりもした。
わが国ではアバター基本法とバーチャル企業基本法が成立し、最低限のモラルを問われることも増えた。また、法整備が落ち着いてきた後も問題はいくつも生じ、時に仮想空間でデモ行進が行われたりもした。
そんな中、仮想戦闘空間(Virtual Battle Firld)、略称VBFにて、大規模な戦争が発生した。戦争とは言っても、大規模なスポーツエンターテイメントのようなものだ。これに対し、各国の主要メディアは連日戦況を伝え、戦闘特化アバターの需要が高まった。アバターから伝わる痛覚を最小にして戦闘することが義務付けられているVBFだが、中にはその規則をかいくぐってハッキングをして、アバターを操縦する人に痛覚的危害を加える人も発生した。国際仮想空間管理機関は、これを重大な問題と捉え、24時間体制での監視に加え、ハッカーと依頼者への罰則を重くする、被害者への補償を手厚くするなどの対策を講じた。
しかし、こうした事件は後を絶たなかったし、毎日新手の事件が生まれる。被害者を騙って補償を得ようとする者も現れた。
さらに、戦争が激化すると、企業や団体間の抗争ではなく、国同士の争いに発展した。VBFの外では仲良くしている隣人が、VBFの中では宿敵である、ということも発生した。
平和を願う人々はVBFから遠ざかり、争いを好む人々だけがVBFに参加する。そうした風潮が強まっていく。しかしそれもまた社会に分断を生んだ。VBFに参加する人は野蛮だとする平和主義派と、平和主義派は競争意欲が足りないとするVBF派だ。
彼らの間には言葉と頭脳による争いが発生した。中には芸術を戦いの舞台に引き出す人がいて、それを野蛮だとなじって…と、争いは収まるところを知らなかった。
ある人が、小説を書いた。
「私は争うつもりがない。私の作品が争いの種になることも望んでいない。けれど、私はこう思うのだ。『人は争いを好むようにできている。それは私達の理性では抑えられないほどの濁流となって、今私達を飲み込んでいる。私達は抗う術を持っているのだろうか。』と。」
その小説がひそかに人気を博して、そして一年と経たないうちに人々から忘れ去られていくのは、また別のお話。




