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72 桜

 桜の花が開くとき、そこには別れが、出会いがあると言われる。だがそんなものは日本で暮らしているエゴであり、アメリカの桜並木はただ綺麗なだけの何の感傷も伴わないものかもしれない。

 「エミール、お前その花好きだな」

 「ああ、日本で生まれ育つとだいぶ大切な花になるんだよな。この木が大切っていうより、この花の感じが大切なのかも」

 「違う木でもいいのか」

 「まあ、どうだろう」

 エミールは隣で話すケビンが桜を見上げるのを見ていた。数年前、そこにいたのは日本の友人だった。日本人の父とアメリカ人の母の元に生まれたエミールは、少年期まで日本にいた。日本人と同じ学校に通って、日本人のように話していたが、母方の祖母が体調を崩してアメリカで暮らすことになってから、エミールは言葉の壁に苦しんだ。それを助けてくれたのは、今隣にいるケビンだった。

 それでもエミールは日本で見た、出会いと別れの桜を忘れられなかった。

 「アメリカじゃ六月に別れて九月に出会うもんなぁ。なんだか不思議な気持ちだよ」

 「六月から九月に咲いてる花じゃあ特別感もないか。桜は一週間程度だもんな」

 「そう。そこがいいんだよ」

 「ふうん。なんかあっさりしてるきがするけど」

 「日本じゃそれを「儚い」っていうのさ」

 「ハカナイ、か、日本語難しいな」

 「僕にとっての英語も似たようなものだったよ」

 エミールは再び桜を見た。桜は咲くときに美しいと言われるが、それ以外は大して注目されない木だった。

 「そうだ、エミール、サクラモチって知ってるか?桜の葉でライスケーキを包むんだって」

 「えぇ?僕の知ってる桜餅は小さなクレープみたいなものにあんこを包んだものだったけど?」

 「違うものなのかな。じゃあこの木の葉っぱも食えるのかな」

 「種類とかありそうだけど」

 エミールはふと想像した。いつか日本の友人をアメリカに招待して、ケビンを紹介して、皆で桜の木の下で花見をしてみたい。そのときに桜餅、ケビンが言ってるやつでも自分が想像しているやつでもいいから、とりあえず桜餅を食べて、その頃には日本の友人も酒が飲めるようになってたりして。桜餅は酒に合うんだろうか。

 「行こうぜエミール。見上げてたら首痛くなっちまった」

 「ああ、うん。行くよ」

 今は想像だけど、いつかできたらいいな。未来への一歩を、桜の木はいつでも見守ってくれるだろうから。

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