7 魔女の家
皆さんは、童話『ヘンゼルとグレーテル』をご存じだろうか。継母によって食い扶持減らしに捨てられた兄妹ヘンゼルとグレーテルがお菓子の家を食べてしまい、持ち主の魔女によって捕まえられてしまうお話だ。
作中で魔女は兄ヘンゼルを食べるために太らせようとするが、果たして本当に食べるためだったのか。
魔女は、独りぼっちだった。親の顔など忘れた。気がついたら魔法を使って生活しており、人々から魔女だと恐れられる存在になっていた。
本当は、親に愛されて普通の女性として暮らしたかった。遊びながら親の手伝いをする少女として成長して、たくさんの友達と一人だけの特別な男性と暮らして、いつか母になって、子供に翻弄されながらも幸せな日常を送って、祖母になり、孫に囲まれながら亡くなる。それが魔女のささやかな願いだった。
魔女は寂しかった。友人も特別な男性も、もはや望めない。けれど魔女が生きた時代、子供が捨てられることはそう珍しいことでもなかった。
「そうだ、子供を育てよう。女の子なら魔女に、男の子なら悪魔使いに育てよう。一人で生きていくにはその道しかないのだから。」
魔女は路頭に迷う子供を探し始めた。
「そうだ、子供なのだからきっとお菓子を食べたいはずだ。捨てられるような家の子供なら、滅多に甘いものなんて食べられない。お腹いっぱいになるくらい、家一つ分のお菓子を用意しよう。」
魔女はお菓子を作り始めた。
「そうだ、捨てられた子供はろくなものを食べさせてもらえず痩せているはずだ。まずは健康になるまで食べてもらわないと。」
魔女は料理のできる家を用意した。
そうして魔女は子供を待った。幸い、魔女は不老だったので、時間だけはいくらでもあった。
やがてやってきたのは、幼い兄妹だった。
「しめた!男の子と女の子だ!魔女になるのは幼い頃から鍛錬が必要だが、悪魔使いには大人になってからでもなれる。姉妹だと二人同時に学ばせなくてはならないから大変なんだ。」
魔女は二人がお菓子の家を食べるのを見ていた。幸せそうにお菓子をほおばる兄妹を見て、魔女はほくほくとほほ笑んだ。
「ああ、私の準備は間違っていなかったね。あの二人は幸せそうだ。子供にはああいう顔でいてもらわなくては。」
魔女満腹になった二人の元へ向かった。
「おやおや、子供が二人、私のお菓子の家を食べてくれたようだね。これは私の家へ連れて行かねばなるまい。ほら、立ち上がってついてきな。」
魔女はそう言って、二人を少し離れた家へと招待した。
魔女は兄の怪我がひどいことに気がついて、兄が動けないようにと檻に入れた。ベッドの上では動いて逃げてしまうかもしれない。それでは意味がなかったのだ。檻は狭く、ベッドを入れる隙間はない。仕方なく毛布だけは檻の隙間から入れておいた。
妹の方には、兄のためにも怪我を治す魔法の薬の作り方を教えることにした。しかし、妹は料理すらしたことがない。料理ができなくては薬も作れないので、魔女は料理を学ばせることにした。
怪我を治す薬は魔女が作ってもよかったのだが、魔女が知っている薬はある程度健康でないとかえって毒だった。だから、ちゃんと痩せすぎがなくなっているかを確かめるため、毎日腕を握ることにした。魔女は目が悪かったのだ。
しかし、兄が差し出したのは動物の骨だった。あまりに細いものだから、魔女はいつまでたっても薬を飲ませてやれなかった。
ある日、兄はまだまだ細いが、怪我が悪化するよりはと思い、妹に薬の作り方を教えることにした。まずは弱火で薬草を煮込むのだと教えると、「今までは火加減なんて気にしていなかったから、弱火にする方法がわからない」と言われた。魔女はこうするんだよと、目が悪いながらも火に近づいて教えようとした。
その時、妹はえいっと魔女を火の中に突き落とした。魔女は驚いた。なぜ、なぜ自分が突き落とされたのだ。この娘は兄のことが惜しくはないのか。
魔女は悲しかった。妹が檻の鍵をくすねて持ちながら、暖炉の扉を閉めるのを見ながら、魔女は泣いた。
私は一人でいるのが辛かっただけだ。救える命を救おうとしただけだ。それがなぜ、こんな目に遭うのだ。魔女になったのも、子供が捨てられたのも、私のせいではあるまい。
魔女は死の間際で、兄妹が檻を開けて家から出ていく音を聞いた。魔女は願った。せめて、どうか、あの子たちに幸せがくるように。もう二度と誰かに見放されるなんてことがないように。
魔女は最後の瞬間まで、二人のことを祈った。その祈りが届いたのかは知らないが、兄妹は無事に継母の居なくなった家に帰りつくことができた。




