68 群がるもの
なぜこんなことになったのか。男は嘆きながら思い返した。どこまで思い戻れば留まれたのか、今となっては分からない。
男は一般家庭の次男だった。長男はいい大学に行き、学費も安く抑えられていた。対して、男はあまり頭の出来がよくはなく、学費の高い私立高校で妥協せねばならなくなった。そのことで両親に苦労を掛けているとわかっていた男は、そう時間を経ないうちに心を病み、高額の医療費を払わなくてはならなかった。アルバイトもしていたが、体調を崩しがちだったため、医療費で毎月の給料が消えるような生活を送らざるを得なかった。
金がない。ひとえにそれだけの理由で、男は若くして悩み続けた。金が許す限り様々な経験ができるこの国で、金がないということはそれだけで十分な枷に成り得た。
金さえあれば。男はその一心だったが、生来生真面目な性格故に、法の一線を越えることはなかった。それが男をより苦しめた。
いっそのこと前科者になれば、大学だって金以外の理由で辞められたかもしれない。親にこれ以上迷惑を掛けたくなかった。けれど前科者になればそれだけで親への枷になることも分かっていた。だから男はその一歩を踏み出せなかった。
哀れ男がその時代を過ぎ去った後に法は金の問題を解決するように拡充されていった。男が中学の時分に幼稚園が、高校の時分に中学が、大学の時分に高校が補助されていった。男はなぜもう五年早く政策を実施しなかったのだと己が生まれた時期を嘆いた。
男はそれでもなお我慢し続けた。大好きなものも我慢して、人に優しくすることすら我慢して、道端の募金を無視しながら日常を送った。男はそれでもなお満たされることなく、金がなくなる恐怖に打ち震え続けた。
男は金のために自分の心も寿命も投げ出していた。なぜ自分がそうせねばならないかもわからないまま。生きるためでもなく、ただのちっぽけなプライドのために、一番金がかかる大学も、医療費も、生活費も払い続けた。ただ自分がいつか幸せになれるかもしれないという思いの元。
男は金が舞い込んで来たら何も言わずに群がるだろう。そして自分のものだと周囲に威嚇しながら過ごすことになるだろう。そんな自分を思い描けることに、男はその狭量さにまた嘆いた。
一般家庭であるがゆえに、ギリギリのところで苦しい生活を送る。そのことに息苦しさを感じずにはいられなかった。せめて自分がもう少し努力すれば。もう少し頭がよければ。もう少し我慢ができる性格であれば。もう少し余裕のある人生を送れたかもしれない。
どん底ではない、中途半端なところに縋りついているからこそ底知れない闇が恐ろしい。そんな生活なのだ。
男は苦しみ、もがき、それでも現状を変えることは難しいままこれからも生きていくだろう。いつか彼に幸福のあらんことを祈る。




