66 音楽
音楽が好きだ。特に好きなアーティストが歌ったものとかは、何回だって聞いている。
「雅樹、またなんか聞いてるのか」
「まあな。やっぱこの子好きなんだよ。綺麗な声だけど力強くてさ」
「はいはい。もうお前が語ってるの何回も聞いてっから。そういや卒業したら進学すんだっけ」
「おう。文化研究で音楽について」
「好きなんだなぁ…」
それはそうだ。俺にとって音楽とは人生、音楽を知りたい、音楽と共にありたいのだ。あいにく楽器の才能はなかったし、歌も凡庸なものだったから音楽を作る方で生きていくことは諦めたが。
「やっぱ音楽追ってると生き生きしてくるんだよなぁ」
イヤホンやヘッドホン、スピーカーと、最高の音楽体験のために俺は金を使ってきた。その上でCDやサブスクに金を使う。親には呆れられたし、そんなことしてるからバイトしてても金欠だけど。それでも俺は音楽を通じて自分が形成されていくのが好きなのだ。
そう思いながらヘッドホンをつけて、最新楽曲がないかと自室のベッドに寝転がりながらスマホを操作する。
「…えっ?」
なんと、SNSであの大好きなアーティストが活動中止を宣言していた。そこには、「高校卒業に伴い、私は私の人生を生きたいと思ったのです」とあった。
高校卒業。そこで初めて、そのアーティストが同学年であることを知った。
「あの子がいなくなるなんてぇ…」
「お前本当に好きなんだなぁ…」
「あの子の!あの声でしか!得られない栄養がある!」
「怖いぞお前」
俺は泣きながら田畑に力説した。だって、あの声が聴けなくなったら、俺の人生に穴が開いてしまうじゃないか。聞けたとしても過去のそれを掘り返すだけではむなしい。
「本田君、田畑君、次移動教室だよ」
島崎さんが話しかけてきたことで、俺達は教科書をまとめ始めた。音楽室に向かう途中、田畑と話した。
「島崎って、喉に異常があって歌えないんだっけか」
「なんかな。声いっぱい出せないの大変そうだな」
案の定、島崎さんは卒業式の合唱練習でも黙っていた。
俺は家に帰ると、毎日のように残りわずかなあのアーティストの声を聞こうとヘッドホンをつけた。
そうして時は過ぎ、卒業式の日になった。朝、もしかしたらこれが最後かも、と思いながら最新曲を聴きながら学校に向かった。俺と同じ日に卒業するかは分からないけど、俺が卒業したらもうあの歌は聞かないことにした。それが俺なりのけじめだった。
そして卒業式が始まり、俺は卒業証書を受け取り、席に戻った。そして全員でひな壇に上り、合唱が始まる。島崎さんは俺の隣にいた。
瞬間、俺の時が停まった。隣から聞こえてくるのは、今まで聞いたことない、いや、聞き馴染みのある、島崎さんの歌声だったからだ。
俺は必死に正気に戻り、精いっぱい歌いながら、島崎さんの声を聞いた。間違いない。あのアーティストの声だ。全国1000万人以上がフォローする、彼女の声だ。
それから俺の記憶はあいまいだった。皆が教室に戻って泣く中、俺は違う感動に打ち震えていた。
「し、島崎」
「…なに」
「この後、少しいいか」
「…いいよ」
そう言って島崎さんが教室を出ると、田畑が「お?告白か~?」とからかってきた。
俺は教室に名残惜しそうに残っている生徒を尻目に、島崎さんと普段使わない階段に向かった。
「…で、何?」
「島崎…もし違ったら悪いんだけど…お前、昨日までなんかアーティストだったりしたか?」
「…正確には今日までだけど。うん。活動してたよ」
「…もしかして」
俺はあのアーティストの名前を言った。島崎はそれを聞いて、静かに微笑んだ。




