64 対岸の火事
対岸の火事:たいがんのかじ:ー川を挟んで他方の火事はこちら側には影響がないこと。また、影響がないことのたとえ。
「そりゃあもうすごい炎で、空気が燃えているような感じでした。真っ赤な竜巻、火災旋風ですね、あれが通った後はなにもかも真っ黒になって、私達は逃げ惑うしかありませんでした」
空襲に遭った女性の体験談を平和学習の一環として聞いていた。でも、どこか現実味がない話だった。本当に起こったのかと疑っているわけじゃないけど、今の私達に何の関係があるのかがわからなかった。今現在は平和だし、生きているうちにその平和が崩れるような気もしないから。そんなことを考えながら、眠くなってきたまぶたを必死に押し上げていた。
「めっちゃだるかったー。あれ何の意味があるん?」
「それな。だって戦争って起きなくね?」
友達とそんな話をしていると、隣の席の委員長が立ち上がっていった。
「あなたたちは実感してないだけで、調べないだけで、今でも戦争は起きてるし、この国もいつ戦争に転げ落ちるかわからないの。せめて転げ落ちないように、転げ落ちたらどうなっちゃうかを私達が知って、止めなきゃっていう授業でしょ。そのくらいわからないの?」
「はー?わかるわけないし。先生そんなこと言ってないしさー。そう言えばいいのに」
「先生ってそういうとこあるよねー。なんもいわなくても生徒が勝手に考えて答えだせると思ってんの」
「はぁ…呆れた」
委員長は教室を出ていった。
実際、あたしたちは委員長の言う通り、実感もしてなければ調べもしてない。いとこがそういうの調べて陰謀論にはまっちゃったから、怖くてあんま調べらんないし。
「正しい情報っつったって、情報あり過ぎてわかんないしー」
情報飽和時代、そんな時代に生まれてきたからこそ情報が得られない。先生も親も正しい情報とは何かについて語る癖に、どれが正しい情報かは教えてくれない。
「どれが正しい情報なのさー」
そんなことを言うと、クラス一のイケメンこと田原くんが近寄ってきて言った。
「じゃあ、ニュース見ればいいよ。英語できるならBBCとかABCも見て、できないならAI要約見るとかで。いろんな国のニュース見ると、偏った情報は減るよ。それにニュースなら情報の正確性が高いし。聞くより読むのが得意なら新聞もいいよ」
「…え、田原なんでそんなこと知ってんの」
「俺親が英語の練習っつって英語の新聞買ってくんの。そしたら日本と海外じゃ取り上げられてる問題が全然違ったり、同じ話題でも切り口違ってて面白いんだ」
「ふーん」
あたしはその日の帰り、電車の中でBBCのAI要約を見た。日本語になっても難しい単語が多かったけど、少し面白かった。家に帰るとテレビをつけて、NHKを見た。国際情勢のニュースになると、戦争の話題がちょくちょく出てきた。それに、敵を作りそうな政策の国も出てくる。なんだか怖くなった。
そういう国があることもだけど、なにより、そんなこと知らなかった自分が怖くなった。
あたしは社会の教科書を取り出して、国の位置や用語について調べた。ニュースは時間を変えて何度も同じ話題を出していて、見ているだけでその時の重要な話題がよくわかる。
対岸の火事だと思っていたそれは、対岸と繋がる橋を通じてこちらにまで火の手を伸ばしてくるかもしれないのだ。それに気づかず大人になれば、あたしはろくな大人にならなかっただろう。
これからまともになれるかどうかはわからないけど、勉強も平和学習も大切だと思った。自分の暮らしを守ることにつながるんだ。それに今気が付けて、本当に良かった。




