62 卒業
卒業と聞いて、何を思い浮かべるだろうか。映画『卒業』を思い出す人もいるかもしれないが、それを見たことがない人はだいたいが学校からの卒業を思い浮かべるだろう。
まだまだ幼い心で受け止める卒業は、徐々に人生の別れの一つとして確立されて、卒業という言葉が使われなくなって初めて、いままでの別れは繋がりが切れただけのことだと気づくのだ。
一つ、話をしよう。これは、知り合いから聞いた小学校を卒業した時の話だ。
卒業式が近づいても、実感はなかった。地元の中学に行くことになっていた私は、今まで苦楽を共にしてきた友人たちと別れるということがどういうことかわからなかった。これから一生会わないだろうなんて、ちっとも思っていなかったのだ。
それでも卒業の時はやってくる。卒業式が始まり、祝辞をいただき、証書を受け取ると、もう自分はこの学校の卒業生になる。在校生ではなくなるのだ。
それでもためらいなく、練習と同じように証書を受け取る。受け取って、自分の席まで戻ると、その席はもう在校生のための席ではなくなっている。三月の冷えた空気の中、やけに冷たいパイプ椅子が無情にもそれを告げてくる。
卒業生の言葉を告げて、在校生と歌を交わす。それでも私の胸には卒業するという実感がわかなかった。
教室に戻ると、クラスメイトの何人かが泣いていた。私はその理由を理解できなかった。
家に帰って、親に卒業祝いだとスーパーの寿司を見せられても、それは変わらなかった。
数日後。特にすることもなく、布団の上で窓の外を見ていた時のこと。
急にクラスのお調子者の発言を思い出した。クラスで仲が良かった子の声を思い出した。先生の優しい目を思い出した。
そして、それらがもう日常ではないことに思い至った。もう、あの空間には戻れない。あの楽しかった日々には戻れない。私はようやく涙を流した。
自室で一人泣いて、そしてようやく彼らがあの日感じていたであろう感情を知った。
私はまだつぼみのままの桜の花が、ずっと咲かないようにと願った。時がせめてこのまま止まれと思った。せめて、あの時にこの感情に気づけていたら。まだ別れの瞬間を思い出にしようと必死になっただろうに。
過ぎてしまった別れを、無情にも思い出にするように桜の花は開いていくのだった。




