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59 親子

 独り立ちして家を出てからは、子供と親が話せる時間というものはものすごく短いらしい。寝ている時間や合わない時間を考えると、じっくり話せるのは7日程度なのだという。それが本当かどうかは置いておいて、ならば独り立ちしても近くに住んでしょっちゅう顔を合わせたいと思うのは自然な流れだろう。

 ここにある大学生がいる。大学生は、それこそ反抗期には親の顔など見たくもないと平気で言ってのけるようなこともあったわけだが、反抗期が過ぎると、途端に親と共に過ごす時間を大切にするようになった。

 反抗期が終わる一因となったのが、冒頭で述べた話である。既に家を出ていた兄弟はそれを聞くことはなかったから、親は「彼らとはもう話す時間があまりないのだな」と思っていたことだろう。けれど、大学生はそれを聞いて「自分もいつかは家を出るとは思うが、その時両親と話せなくて心残りがあるのだけは嫌だ」と思ったのだ。

 それから、大学生は団らんの時間をだらだらと過ごすだけではなく、有意義なものにしようと考えた。他愛もなくていいから、少しでも会話を増やして。どうでもいいかもしれないけど、少しでも一緒の空間にいて。そうして一緒に過ごしていれば、急に何かがあってもまだ心残りが少ないんじゃないだろうか。

 大学生はそう考えると、毎朝出勤する親に「行ってらっしゃい」を言うようにした。なるべく毎日言えば、その日何かがあっても最後の会話がいつだったかわかるから。

 大学生はそう考えると、日常をリビングで過ごすようになった。誰かが帰ってきたらすぐにわかるし、皆が一番一緒に過ごす場所だから。

 自室で過ごす時間が減ったことによって、ネットの友達と話す時間は減った。それでも別に構わなかった。顔も知らない友人より、自分を育ててくれた親の方が大事だったからだ。

 親との会話はどうでもいいことに言及しつつ、時折未来のことも話した。将来やりたいこと、なりたいもの、支えたい人々。そうしたことを話していると、親こそが自分の一番の理解者であるように思えた。

 親はいつだって自分の話を聞いて、それを膨らませて、様々な思考に導いてくれる。どう話せば一番盛り上がるかをわかっている。それは年の甲かそれとも親の甲か。どちらかはわからないけれど、親に感謝しなくてはならないとふと思うようになるのだ。

 そんなある日。親が事故で急死した。救急車が来た頃にはもう助からなかったそうだ。大学生は葬儀に参加しながら、ふと思った。

 ああ、自分は親のことを何も知らない。親が自分から話してくれない限り、詮索できなかった。何も知らないまま、何も知ることのできない場所に行かれてしまった。

 ああ、まだ話したいことがたくさんある。あなたがいないと自分は何も分からない。あなたが教えてくれるのをただただ待つだけだったのだ。

 受け身な自分に驚くと同時に、悲しくなった。ぐらぐらと思考が揺らぐ中で、大学生は将来について考えた。親と一緒に考えていた、人を救えるような未来を。親が最後に何を思っていたかなんてわからない。けれど、心残りはきっと子供である自分たちだ。ならば、せめて親と話した未来を実現させよう。

 大学生はやがて、その将来の夢を叶えるだろう。そこに急に奪われた親との時間に対する後悔があるかもしれない。いずれにせよ、残された時間を大切にしていても、後悔はいくらでも生まれるものだっただろう。その後悔が溶けるまでの時間を、短くするにはどうすべきか。大学生はこれから先も考え続ける。

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