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55 戦争

 戦争は、ひとたび起きればその実情がわからなくなるものだ。正しい情報がどれだけ入ってきているのか、確かめようもない。現地に行って確かめることも、そうしたジャーナリストが仕入れる情報を知ることもできない。危険すぎるからだ。

 そうした現場では、誰もが心をすり減らしていく。覚悟を決めていても、歴戦の兵士でも、戦争で仲間を喪うことにそう何度も耐えられるものではない。

 戦争が始まれば、人の命はとても軽くなる。殺した分だけ英雄に近づく様は、まるで終わらない惨劇を繰り返し放送されているかのようだ。

 人が数字になっていく。投入された数、死んだ数、治療された数、退軍した数。そこに命がどうという綺麗事はもはや、ない。命は容赦なく奪われる。

 命を懸ける理由は、生産が難しく簡単に敵の力を削ぐことができるからだ。ただ生産が難しいものなら、町を攻撃し、工場を攻撃して生産をストップさせればいい。だが、人はどこでも人を産むことができる。しかしそれにも時間に限りがあり、また育てる時間も必要である。そうした”時間の結晶”を戦争の交渉材料として費やすのだ。

 国際法では、抵抗力のないものをみだりに攻撃することが許されておらず、町や市民への攻撃は通常禁止されている。また多くの国では、未来ある若者を戦争に投じないよう、徴兵や軍への志願には年齢制限が設けられている。

 しかし、これもまた、ひとたび戦争になれば揺らぐ話である。世界には市民を虐殺する敵軍もいれば、少年兵を兵士として数える国もある。しかし、そうしたことを非常時だからと許す大人たちは、自分もそのような扱いを受ける覚悟を持たなくてはならない。自分が、自分の子供が、虐殺されたり、兵士として戦死したりする未来を、ちらとでも思い浮かべなくてはならないはずなのだ。

 数字になった人は、誰もが生まれた時から誰かの愛情を受け、愛情と優しさの中で育ち、悲しいことを乗り越え、そうして生きていく権利を持っていた人たちだった。戦争は人権も未来もなにもかもを消し飛ばす。その砲撃によって、その銃弾によって。私達が想像する何倍も愚かしい暴力によって、ありきたりな幸せが消える。

 こうした話も語り尽くされ、聞き飽きた人たちもいるだろうが、それは戦争に悔いを持つ国に生まれたからだろう。戦争を賛美するプロパガンダ国家に生まれたならば、なんということを書いているのだと言われるだろう。

 私達が数字にならずに人生を歩めている、そのわけを考えればいい。私達は誰にも侵されない自分を持っている。そのことに感謝しながらも、テレビの向こうの惨状に飛び込む勇気は持てないのだった。

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