53 特別な思い出
これは母から聞いた話だ。
小さい頃、祖母と暮らしていたころのお話。
幼稚園から帰ると、まだ外は明るく、一度昼寝をしてから遊びにでかけてもいいくらいの時間だった。年の近い姉と昼寝をして、起きると、祖母がお菓子を作ってくれていた。
クッキーを作るときは起きた頃にお菓子の焼ける芳ばしい香りが漂ってきて、焼きあがったクッキーが少し冷めてから姉と一緒に食べた。一度に大量に作るものだから、残ったクッキーは缶に入れて翌日以降のおやつになった。時にはココアを混ぜたアイスボックスクッキーを作っていたりもした。
ドーナツを作るときは、寝ている間に発酵をすすめていて、起きると型抜きを祖母と一緒に行って、ドーナツが揚げあがるのを今か今かと待ちわびた。
なにせ当時は家の周りに店などなく、買いに行くよりも作った方が早かったものだから、祖母はよくお菓子を作っていたのだ。
母は近所でリストランテを、父は近くの漁場で仕事をしていたものだから、小さな頃面倒を見てくれたのは祖母だった。祖母がお菓子を作るのを見ていたから、自分もお菓子を作れるものと幼いながらに当然のように考えていた。
その後祖母がお菓子を作れなくなると、姉がお菓子の雑誌を買ってくるようになり、姉と自分はそれぞれ食べたいものを作るようになった。
おやつ時の食卓にはおしゃれで手の込んだお菓子が並ぶようにはなったが、何かが違うような気がしてならない。
祖母がお菓子を作っている間に微睡んでいたあの時間、起きぬけに香るやさしい匂い、素朴なお菓子たち、やさしい祖母との会話。あの時間こそが、掛け替えのないものだったと、自分で作るようになってから気がついた。
今、母はそんな会話をしながら作ったクグロフが焼き上がるのを待ちながら、新聞を読んでいる。共働きで祖父母も遠い私にとって、幼少期にお菓子を作ってもらった記憶などほぼない。だが今は休みになるとときどき一緒にお菓子を作るようになっていて、それこそが掛け替えのない思い出にいつかなるだろうと思っている。
クッキーが、大学芋が、ドーナツが。焼き上がった時のほっとする気持ちが、受け継がれている。
お菓子の匂いは、ありきたりで特別な思い出なのだ。




