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50 職人

 紺屋の白袴、とはよく言ったもので、職人というものはあまり自分がかかわる物事を楽しみつくすことがない。しかしながら、吟味せねば客にも何にも目新しいものなど提供できぬし、伝統を引き継ぐことも難しくなってしまうものだ。

 ワイナリーの主人はぼんやりと考えていた。今年の酒の出来はいかがなものか。自分には分からない。飲めないのだ。前からそこまで飲む方ではなかったというのに長らく肝臓をやってしまっているし、今では一滴も飲めない。出来を見るのはもっぱら酒好きの叔父と叔母である。

 自分っで作ったものだというのに、味わうことは愚か試しに一口も難しいのだ。近所でも評判が良い医者に飲むなと言われてしまっては、一口だろうと飲むわけにはいかない。主人はため息を吐いた。

 幼い頃、何らかのきっかけで受けた精密検査で、生まれつき肝臓が弱いことがわかっていた。それでも、父の後を継げるのは一人息子である自分だけだった。飲めないとわかってからも、作るノウハウだけは父から事細かに学んで、毎年収穫されたブドウでワインを作って来ていた。

 父が倒れて隠居してから数年、一人で作ったワインはしばらくの間評判が悪かったが、徐々にそれも戻ってきて、今ではかつての父のワインと同列になったといわれるほどだ。

 それでも自分はそれを味わうことができない。悔しさというより悲しさがある。

 主人は近くにやってきた妻に聞いた。

 「俺の作るワインは旨いか」

 「肉料理によく合うわ」

 「そうか」

 合う、といわれてもその味を楽しめない。主人は夕暮れ空を見上げた。妻はそれに合わせて空を見上げた。

 「何か見える?」

 「…いいや。雲が三つ。それだけだ」

 「そう」

 会話はそこで途切れた。

 アルコールを飛ばしたものならば飲めるのだが、それはもはや酒としての味わいはないと言われる。結局自分では味わえないものを作っているのだ。そこに諦めを持たねばならない。

 主人は腰を上げて、ワイナリーに入っていった。ただ一つの楽しみ、自分の作品を飲んでもらえた時の美味しそうな顔を見るために。

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