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42 アフターカタストロフ

 私達は、悲劇の先に生きている。誰が願ったかもわからない幸福が、大団円が訪れることのなかった未来を生きている。

 例えば、どの国も亡ぶことなく発展の一途をたどるだけなら。どんな人も誰も憎まず誰も奪わず生きていけるなら。病魔の手が伸びることがなければ。戦争で愛おしい人が死ぬことがなければ。そんな当たり前のような様々な厄災と願いの先に、私達は生まれ落ちた。

 私たちが生きる今も、願いは絶えない。誰もが明日幸せになりたいのだ。今をよりよくしたいのだ。明日の朝日が美しいと思える余裕が欲しいのだ。

 それでもなお、私達は降りかかる不幸を避ける術を知らないままだ。知らない方がいいことなのかもしれないが、私達はそれを知りたいと願ってしまうのだ。

 厄災は、私達からそう遠くないところに可能性として息をしている。いつ私達を襲おうかと待ち構えている。運よく襲われなかった人も、やがては失われていく。その瞬間はやってくる。

 誰もが気に掛けないことがある。私達はその昔生物の祖となるLUCAの、もっと前から、生と死を繰り返してきた先に生きていること。幾年経とうと忘れ得ぬ亡き人々の面影の、その奥には、私達の想像を絶する数の命が動かなくなっていること。私達は誰かの願いの先に生きていること。

 悲劇の中で、大団円を迎えることができずとも、生き残った者たちがいて、それらがつないだ命こそが私達なのだ。私達は誰かの思いの先に、何かの命の先に生きている。

 命は流転する。生まれた命はやがて死ぬ。時に捕食され、土に還り、また別の命の糧となる。その中で、私達はもっと生きたかったであろう細胞の一片すらも糧にして成長し老い生きている。

 私達は誰かの、何かの悲劇を飲み込んで生きている。誰かの、何かの最期の先に生きている。そうしなくては私達は生きられないのだから、それを嘆く必要はない。ただ、ふとした時に思い出すことがあれば、そっと願えばいい。

 願わくはこの先、無駄になる命がないことを。誰かの、何かの糧になる命ならばそこに価値はあるのだから。

 私達は、悲劇の先を生きている。

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