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32 クソガキ先生

 その先生との出会いは、中学一年の春だった。僕の担任ではなかったものの、体育教師であった彼は僕らの前で自己紹介をしていた。その先生のイニシャルがSであったので、S先生と呼ぶことにする。

 S先生は新卒の先生で、当時の僕らと10歳しか離れていなかった。慣れないこともあるだろうから、何かあったらなんでも言ってくれとS先生は言った。確かにS先生は学校にも先生という立場にもまだまだ慣れていなかったが、それは僕らも同じだった。小学生と中学生の差、学校の行事の変化などに僕らは戸惑うしかなかったのだから。

 僕がS先生の授業を初めて受けたのは、5月か6月くらいにある体育祭に向けての説明の時だった。自己紹介の時間では1時間をまるまる自身への質問タイムにしていた彼とは思えないほど真面目に話していたが、その後先任の先生が伝統だという体操を披露していたときは生徒と同じくあまりついていけていないようだった。「皆さんが習得するにはまずお手本が必要だと思うので、私がめっちゃ練習して来週までには完璧にしておきますので皆さんもそれ見て頑張って下さい」と、そう言っていたが、先任の先生に「頼みますよ、私ら若くないからこの体操キツいんです」と言われて「一週間でいけるかな…」と不安そうにしていたことを今でも覚えている。

 次のS先生の授業は、その翌週だった。準備運動のちあの伝統体操をすることになったが、S先生は先週の宣言通り完璧に体操を覚えて披露していた。解説もしっかりしていて、まさか一週間で習得したものとは思えないほどだった。S先生は真面目にやらないと二回目やるぞーと言って生徒を鼓舞する熱血教師だったが、その体操がちゃんとやると本当に疲れるような内容だったので、真面目にやっている人がより疲れてしまうことになり、その後真面目にやらない人を皆の前に出してやるようになっていた。

 「真面目にやってできないなら仕方ない。真面目にやらずにできないなら真面目にやってもらうしかない」と言っていたが、僕は幸いにも真面目にやっていたので、クラスメイトの前で体操することにはならなかった。ただ体力がなかったので、二回目は真面目にやってもついていけなかったのだが。

 S先生はその当時担任していたクラスが体育祭で優勝することを願ってはいたが、熱血教師らしい考えの下「正々堂々戦って勝ってほしい。ひいきはしない」と言い、全てのクラスに学年種目の勝負のコツを教えていた。結局勝敗がどうなったかは覚えていないのだが、その先生がクラスメイトに慕われているであろうことはよく分かった。

 僕は翌年の担任がS先生になったことに対し、特に何も思わなかった。せいぜい「体育祭ではいい成績を取らないとな」と思う程度だった。

 さて、このS先生、担任になって初めて分かったことがいくつかある。某赤色球団のファンであること、某青色球団のファンである生徒とそこで対立するほど大人気がないこと、生徒と真面目に張り合う節があるところ、絵が下手なこと。そして最大にコイツ馬鹿じゃないかと思ったのは、彼が手作り弁当を一週間作ってこれたら何人かの生徒の負けという賭けをして、負けたら坊主にするということだった。結局S先生が賭けに勝ち、五人ほどの生徒が頭を丸めてきた。

 そんなS先生だが、別に悪い先生ではなかった。生徒から慕われるし、クラスの雰囲気はよかった。S先生のおかげだということができるかどうかはわからないが、先生が悪ければクラスの雰囲気は悪くなるものだ。少なくともその点において、S先生は悪くはなかった。

 S先生は、学年末に結婚報告をした。まあクラスはモテない先生として見ていたので、衝撃的ではあった。それでも、その後S先生とは一年間付き合いが続いたので、その間は少なくとも愛妻家であることがわかっている。

 S先生は、子供のような先生だった。それこそ、少し生意気なクソガキのような。それでも慕われていたのは、彼の人徳によるものだろう。S先生のような教師には、その後会えていない。稀有な人だったと言えるだろう。

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