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3 兄

 私には、兄がいる。双子の兄だ。正直どちらが先に生まれたかなどどうでもいいのだが、気がついたら私は弟ということになっていた。それに不満があるわけでもない。

 兄はというと、理想の兄になろうと努めていたようで、事あるごとに「俺は兄だから」というようなことを言っていた。

 私からすれば、兄が、というか双子の片割れがいるだけで十分だったのだが、兄はどうやらそうではなかったらしい。

 私達は、幼少よりその姿がそっくりだったことから、時に私が兄に間違えられた。そのたびに兄は「俺が兄です」とやや主張強めに言っていたものだ。それだけ間違われたくなかったのだろう。

 兄らしくあれと言う圧力があったわけでもなく、兄は兄らしくあろうとした。私に対しての一人称が「兄ちゃん」である時期もあった。私はありのままの私であればよかったので、兄に対してなにも気負うことなく日常を過ごしていた。

 何が兄を兄たれという呪縛に縛り付けたのか。それには私が幼少期に出会ったある一人の人物がかかわってくる。

 その人は、私の家庭教師であった。同時に兄の家庭教師でもあったのだが、なにぶんあまり社会を知らない人だったのだろう、兄という立場だけで年も生きた月日も変わらない兄に対して立派であれと言う人だった。

 兄はその人に最初は反発していたものの、その人の身の上を聞いた時からは考え方を改めたようだった。

 「私の父は厳しい人だった。子供には皆同様に賢く勤勉であれと言う人だったが、姉はそれに嫌気がさして家を出てしまった。幼い弟もいた私は家を出ることもできず、病気の母の看病をしながら勉学に家事育児を続けていた。ある夜、父が姉の小言を言っていた。やれあいつは馬鹿だっただの、何事も途中で放棄する癖があるだのと。母はそれを聞いて堪えられなかったようで、あの子のことを悪く言わないで、あの子が生きているだけでいいじゃないと泣き出してしまった。父はそんな母を慰めることなく、育てた恩を仇で返してと留まることなく姉の小言を言い続けた。次の朝、母は自室で首を吊って冷たくなっていた。足元には遺書があって、姉の奔放さにもう耐えきれない、と書かれていた。私はその遺書を信じなかった。筆跡は父のものに似ていたし、それに姉のために流したあの涙が嘘だと思えなかったから。それでも警察は母の自殺だとみて事件を片付けて、それから私は父におびえながら毎日を過ごしていた。そんなある日、姉が家にやって来て、弟と私を連れて家を出た。姉は父から逃げるために金を貯めて機会をうかがっていたという。姉の元には母から送られてきた計画への賛同と励ましの手紙があった。ある時を境に送られなくなった手紙に、姉は母に何かがあったのだと察していた。姉の元にある手紙を元に、父の自殺偽装と虐待が発覚し、父は社会から弾かれるように私達の前から姿を消した。ようやく平穏を手に入れた私達だったが、姉は数か月後に病で亡くなってしまった。あの姉のように、本当に人を思いやれるような人になってほしい」

 家庭教師の話はそんな内容だったが、兄はどんな気持ちでそれを聞いていたのだろう。私はそれを知らないし、もはや知ることもできない。

 兄はおぼろげな意識の中、「兄ちゃんは先に行く」と言ったそうだ。

 あれから数十年が経ち、私は一人で生きている。最期の瞬間まで兄として生きた彼は、姉として生きた家庭教師の姉の話を覚えていたのだろうか。

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