24 着物
着物、和服と呼ばれる服、は、どこか浪漫(あえて漢字なのがいい)がある。特になんの祝い事でもない日に、和装の貴人がすっと店や電車に入ってきた時の心の盛り上がりと言ったらないのだ。髪は昭和期によく見られたような、鬢付け油を使わずに髪留めなんかを使う留め方がよかったりする。色は落ち着いていたりして、本当にああ普段着なんだなと思う色がいいのだ。
以前仕事をしていた際、濃緑の着物を着た初老の男性がやってきた。背筋をぴんと伸ばしていて、高い背の上にちょいと乗った帽子がまたよい。和装コートがとても似合っていた。あまり忙しくもなかったので、不躾ながらその人のことをじいっと観察してしまった。昼間で眩しかったのか、薄く色の付いたサングラスをつけていた。きっと金縁の丸眼鏡も似合うだろう。薄茶の帽子は紺のぐるりがあって、全体の暗い雰囲気をぱあと明るくしていた。帯は白黒で、非常にお洒落だと感じた。足元はブーツで、全体の雰囲気を昭和期の洋装を取り入れた和装、といった感じにまとめていた。
その男性が店を出るまでの小一時間、私はその男性の服装のよさを脳内で議論していた。あそこが一番だとかこの点がよいのだと。脳内が大渋滞したまま、私はその男性を見送った。
さらにだいぶ前のことではあるが、電車に乗っていた時、薄青とでもいうだろうか、水色とは違う涼しげな色の着物を着た女性が乗り込んできた時がある。季節は夏だったので、よくこの暑い中帯を締めているものだと感服した。電車に乗っている間することもなかったので、ぼーっとするふりをして目の前に座った女性を見ていた。木製のように見える髪留め一つで髪をふわりとまとめていて、こんなに自然な人もいるのだと嬉しくなった。着物の柄は均一ではなく、顔に近づくにつれて薄くなるような染め上げだった。足元は青くきれいに染まっていて、白い足袋によく映えていた。
そのご婦人が電車を降りるまで、私は着物で日常を過ごすことについてどんなものだろうかと想像を掻き立てられていた。
着物は着付けの技術や利便性の面でどうしても現代日本にはそぐわなくなってきているが、こうしてまだ日常に着物を取り入れる人々もいる。そのことに歓喜してしまうほどには、私は和装が好きである。
私が和装をして日常を過ごすなら、季節ごとに合った淡い色合いの着物をそろえたい。そして、必要に応じて洋服も着ながら、それでも日々を過ごす分には着物で引き締まった気持ちで過ごしたい。
日本の伝統に寄り添いながら生きていくことは、昨今の変動の中では厳しいことかもしれない。それでも、そういう暮らしもいいな、なんて思うのだ。




