22 記憶貝
記憶貝という貝がある。とはいっても俗称なのだが、この貝は少し特殊な形状をしていて、耳に当てるといろんな音がするという。その様々な音の中から、記憶にある音だけを拾って聞いてしまうので、記憶貝と呼ばれるのだとか。
見た目はたいてい、桜色の巻貝だ。ところどころに穴が開いていたり、凹凸があって、それが様々な音を生み出すと言われている。
本当に様々なものが聞こえるのだ。例えば森でさえずっている小鳥の声だとか、もう久しく会っていない友人の声だとか。貝によって聞こえる音は違うので、聞きたい音を探すのがマニアの間の楽しみなんだとか。
この貝の生態はあまりわかっておらず、春頃に東を向いた海岸で貝殻がよく発見されること、内部構造が複雑なためヤドカリなどが棲まないことなどがあげられる程度である。そもそも記憶貝の中身の貝に出会った人はほぼいない。一説には深海に棲んでいるのではとも言われる。
さて、この記憶貝だが、探すときは注意点がある。決して強い力で持ち上げてはならないと言うことだ。非常に殻が薄く、他の貝と擦れて壊れることもしばしばあるほどに脆いのだ。当然、金属トングなんかで持ち上げればぐしゃりとつぶれてしまう。研究者はゴム手袋をして手で持ち上げ、そのまま保存容器に入れるのだ。それに、発見した時に濡れていたら、決して急いで乾かしてはならない。これもまた、破損の原因になるからだ。湿度を50%程度に保ったまま、自然乾燥させるのが正解だ。また、耳に当てて音を聞くときは、弱い風が吹いている時が一番だ。強すぎると貝の音が聞こえないが、無風だと複雑な音は聞こえない。
こんなふうに扱いの難しい記憶貝だが、最古のものは300年前のものが保存されている。それ以前も文書には登場していたので、恐らく保存方法が悪く残らなかっただけなのだろう。それは、中を真綿でしきつめた木箱の中にある。木箱は湿度を一定に保ち、真綿は箱に擦れて貝が壊れてしまうことを防いでいる。
この貝を聞いていたのは、小さな海辺の町の領主だったそうだ。この領主は貝の声を聞いて、歌を残している。
忘れども 桜貝とは 海の中 君の声をぞ 認め給うか
幼馴染への淡い恋心を貝の色に例え、海の中にその子がいるかのように捉えている。あまり評価のされていない歌だが、それもそのはず、この領主は一生を屋敷の中で過ごしたと言われるほど病弱で短命だった。周囲の町ともあまり交流がなく、記録にもほぼ残っていないのだ。
記憶貝で思い出したい音はあるだろうか。あるなら、春になったら浜辺を探してみるのもいいかもしれない。




