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21 別れ

 老人はコーヒーを淹れていた。五十三年連れ添った伴侶には朝一番に手を合わせた。コーヒーの香りで、懐かしい思いになる。

 伴侶は朝一番にコーヒーを入れるのが好きだった。時にコーヒーの香りで目を覚ましたものだ。冬には冷えた空気を温めるように広がる湯気が好きだった。そうして二人分のマグが机に置かれて、ふたつ立ち上る湯気を見ながら朝の時間を過ごすのだ。

 何をするにしても、連れ合いのあの人を思い出す。よくもまあ、こんなに長く一緒にいたものだ。その中でコーヒーの香りは、子供が巣立ってからの大切なひと時になったものだ。私達は共にいて、互いを大切に思って、時に意見の違いで擦れ合って、やがてぴったりになったと感じた時、引きはがされる。

 誰かに言われたわけでもなく始まったコーヒーの時間。本格的なコーヒーが好きだなんて言われたから買うことを了承したコーヒーミル。全部飲み切る前に死んでは嫌だからと小さい袋で買うコーヒー豆。いろんな味を試したいと言って作った、チェックの付いたコーヒーの産地のメモ。時には味変したいと言っていつの間にかそこにあったコーヒーシュガーとミルクフュージョン。どれもが、二人でいる時よりゆっくりと過ぎていく。どうしてこんなにもゆっくりなんだろうか。寂しくてたまらなくなるだろう。

 それでもこの朝のコーヒーを飲み続けるのは、習慣になっているからだとも言うし、まだコーヒー豆が残っているからだとも言う。なくなったら買い足す気もするが。生活の一部どころか、人生の一部になっているのだ。

 ドリッパーに多すぎない量の粉を入れて、絶対に必要以上に粉が膨れることのないお湯を入れる。けれど、全体を湿らせることも忘れないように。いつだったかやっていたテレビで知った内容だ。あのときも側に伴侶がいた。驚きとともに嬉しそうに明日からはもっとおいしく淹れられる、と言っていた。

 今日はコーヒーシュガーを入れてみよう、と思い立って、適量まで入れたコーヒーにコーヒーシュガーをティースプーンで一杯分、入れる。シュガーに封をした後、かきまぜて溶かす。普段は牛乳かミルクフュージョンを入れるのだが、たまにはこういう日もあっていい。

 気がつくと朝日が射し込んでいた。やわらかな朝の陽ざしの中、机に蓋をした空のマグとコーヒーの入ったマグを並べる。

 「おはよう。」

 そう言って、静かに芳ばしい香り漂う中、コーヒーに口を付けた。

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